【2】誰に食べられているかも知らない農家の人たち

Plan・Do・See(PDS) 畑をやってみて日本の農業が立ち行かないと感じたということですが、それはなぜでしょう?

菊池 当時、世界中では食料の安定供給や一次資源を獲得するために各国が競い合っていた時期で、農林漁業や農地に対して世界中で莫大なお金が動いていたんです。でも日本を見てみると、お金も動いていなくて、衰退産業だと言われていた。正確に言うと、国から相当な補助金は毎年出ているものの、きちっと回っている感じはしなかった。だから農家の人もモチベーションがあがらないどころか、離農が進んでいるし、これはどうにかしないといけないなと思ったんです。

PDS 農家の方のモチベーションがあがらない理由って何でしょう?

菊池 まず何を作っていいか分からないんです。クライアント不在でリクエストもない。

PDS そんな事情だったんですか!? 知らなかった。

菊池 近隣や親が作っているからという理由で、なんとなく同じものを作る。動機の生成プロセスがないまま仕事をやっている状態。

PDS 考えてみるとおかしな話ですね。

菊池 そうです。僕は何となくとか、習わしで、とかあまり好きじゃない。まず、意思決定プロセスに自分がコミットしていないというのが気持ち悪いんです。そして農業にはまた別の問題もあるわけです。

PDS それは?

菊池 自分の作った野菜がトレース(追跡)できないということ。自分で作ったトマトを集荷場に持って行ったんですが、目の前で他の人のものと混ぜられて箱詰めされるんです。しかもトラックが来た順番に運ばれていくので、どこの地域のどんなところに届けられているのかもわからない。

PDS そんなことになっているんですね。

菊池 だから、作ったものに対してフィードバックなんか来るわけがないので、手応えがまったくない。さらには祖母の口座に振り込まれるわずかながらの金額を見て愕然とするわけです。すると当然、「誰のためにやってるの?」となってしまうわけで、みんな頑張らなくなってしまったのではないか、と。

PDS 悲惨な状況ですね。これは全国で起こっていることなんでしょうか。

菊池 少なくとも、数十年はこういう状況です。

PDS それでもこれまで業界が成り立っていたのはなぜなんでしょう?

菊池 実は、日本の農業は戦争を挟んで、一度破綻しています。戦後の人口増加に伴い、食べ物が足りなくなってしまったので、食料供給システムとして各地域に農地を政策的に作り、都市に出荷する仕組みが作られた。みんなで同じものを分散的に作ってまとめて送るシステムだから、そこに個人の創作意欲とか関係なかったんです。

PDS そのときから国の補助金が入っていたわけですね。

菊池 当時は開墾のためや入植のためにお金も出たし、土地の整備から何から何まで国のサポートがありました。でも、時代が変わり社会が豊かになり、職業選択がたくさん増えてきた80〜90年代。どんどん農村から人が流出していて、その動きが現在まで続いているという状況です。

現代社会が生み出した“普通”であることの弊害とは

PDS いま若者に「農業やりたいですか?」と聞いても、あまり積極的な意見は出てこないですしね。

菊池 農業は社会的に意義があるものですが、相対的に魅力のない産業になってしまった。そうなってしまったのも当然で、クリエイティビティのない仕事に魅力を感じますか? ということです。その設計がなされないままでは、これからさらに厳しくなっていくでしょう。

PDS 社会は変わっていっても、農業だけは変わっていなかったということですか。

菊池 農業だけじゃなくて社会全体がそうだったかもしれません。新卒一括採用、画一的な教育でみんな金太郎飴状態になって、アイデンティティやクリエイティビティよりも「みんなと同じ」であることが求められるようになった。その結果、仕事というものに対しての意欲が失われていったと思います。

PDS そうですね。先ほど、わずかな売上とおっしゃっていましたが、どんな仕組みになっているんでしょうか。

菊池 委託販売モデルなので、競りによって価格が決まります。そこから市場の手数料、物流費用、中間事業体の手数料などが弾かれた金額が生産者に入ります。そのため、手元に残るのは競りの成立費用から半分以下になることもザラです。

PDS それは厳しい状況ですね。入金までのタイムラグもあるんですか?

菊池 JAさんや市場はタイムラグはありません。ただJAさんを通さないとその流通や支払い管理などの優れた機能を使えないのもひとつの課題でした。直接取引すると入金は遅いし、回収もままならないし、支払いの管理に追われて自分の首を締めてしまう。もちろん、JAさんや市場や多くの事業者が間に入ってくれていることのメリットもたくさんありますが、手数料を差し引いた結果、十分なお金が残らないというのは幸せとは言えない。そこで生産者にとって良い仕組みとはどうあるべきかにフォーカスし、デザインしたのが「SEND」です。

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