今回インタビューを行ったのは、石川さんが研究所長を務めるハビテックのオフィス。原宿駅からほど近いにもかかわらず、大通りから一本裏に入っていることで非常に閑静な場所にあるマンションの一室は、ハビテックのほか、石川さんと友好関係のあるさまざまな会社のシェアオフィスになっているそうで、インタビュー中もひっきりなしに人が出入りしていた。
今回インタビューを行ったのは、石川さんが研究所長を務めるハビテックのオフィス。原宿駅からほど近いにもかかわらず、大通りから一本裏に入っていることで非常に閑静な場所にあるマンションの一室は、ハビテックのほか、石川さんと友好関係のあるさまざまな会社のシェアオフィスになっているそうで、インタビュー中もひっきりなしに人が出入りしていた。

何かを変えたいときは
自分を変えるよりも環境を変えるほうが早い

Plan・Do・See(以下:PDS) いきなりですが、Plan・Do・Seeが石川さんに聞くなら、やっぱり働くことや働きがいなどについて、いろんな角度から聞いてみたいなと思いまして。なので今日のインタビューは、“働きがいの正体とは何ぞや?”というお題でいきたいと思います。よろしくお願いします。

石川善樹(以下:石川) よろしくお願いします。

PDS 先日、僕の仲よしの同期入社の社員としゃべってたときに、彼が「この会社が働きがいのある会社かな?と探して入ったわけではないし、そもそも当時レストランとか結婚式のビジネスがどんなビジネスかもわからなかったし、意外と何となくフィーリングが合って……」って言うんです。僕が「周りもそんな人ばっかりなの?」って聞いたら、「いや、最近は『ウェディングで人を幸せにしたい』というメンバーはいっぱいいるけど、僕は18年間、『レストランや結婚式じゃなきゃイヤだ』と思っているわけでもない」って。「そんなこと言うわりにはだいぶ楽しそうだよ、きみのこの18年間」っていう話になって。じゃ、何なんだろうと。最初に好きを仕事にしたんじゃないのは確かで。では仕事が好きになったのか、その間に何があったのか?

石川 まあ、好きなり得意なことを仕事にすると辛いかもしれないですね。なぜかって言うと、それが得意だと思って入ってみたら、もっとすげえやつらがいたという。

PDS そうそう。

石川 あれ、実は俺って普通か?という。「好き好き」って結婚したけど、あとは下がる一方みたいなところあるじゃないですか。入ったときが頂点みたいな。

PDS 石川さんにも、好きだと思って入ったけど、周りがもっとすごかったってことあるんですか?

石川 よくありますよ。僕は普通の中学校から進学校の高校に行ったんですけど、中学までは「俺勉強できんのかな」って勘違いしてたんですよ。ところが高校行って、「普通かそれ以下だな」って(笑)。

PDS そんなに差があったんですか?

石川 全然違いますね。一度見たら全部覚えるやつとか、司法試験の勉強始めてるやつとか、ちょっとレベルが違いすぎて。それで、何事も普通って態度がいちばんいいなと。何事も好きだったり嫌いだったりはするじゃないですか。それを常に普通に戻す態度がやっぱいいなと思ったんですよね。

PDS いま態度っておっしゃいましたが、自分のなかで普通に戻すスイッチをもっている感じなんですか?

石川 僕の場合、普通に戻るための儀式としてよくやるのは、全然違うコミュニティに行くことです。ある業界に入ると最初は何も知らなくてもだんだん知り合いが増えてきて、そのうち勝手がわかってきてよく振る舞えるようになりますよね。それは危険だと思うんですよね。だから僕は数年に1回コミュニティをガラッと変えるんですよ。

PDS それって生物学的に、そういう機能をもってる種族なんですかね?

石川 種族っていうか、遺伝子的にそういうひとりでふらっと行きたいみたいな、孤独因子をもってる人がいるんですよね。アメリカ人とかに多いんですけど。

PDS 国によるんですか?

石川 そうですね。やっぱ新しいとこが好きな人じゃないとアメリカ大陸まで海渡って行かないじゃないですか!?

PDS わからなくもないような(笑)。アメリカ人はすぐ「チェンジ」って言うよねと。イギリス人と元は一緒かもしれないけど違いがあるような。

石川 新しいことが好きなのは古いものにこだわらないってことなんで、だからチェンジなんですよね。未来志向っていうか。

PDS そもそもヨーロッパからアメリカ東海岸に行こうって思った時点でチェンジDNAが入ってるってことですか?

石川 そうかもしれないですね。チェンジしたいと思ったから、渡ったわけでしょうから。

PDS 石川さんが環境を変えるのは定期的にですか、はたまた何か自分のなかでこれは変えなきゃって湧き起こるんですか?

石川 似たようなことずっとやってるなと思い始めると、ガラッと変えることが多いですね。自分を変えるよりも環境を変えるほうが早い。変えたいときって、自分を変えるか人を変えるか環境を変えるかじゃないですか。それでいうと環境を変えるのがいちばん早い。

PDS なるほど。じゃあ、よく世の中で自分を変えようとか、自分を変えれば周りが変わるっていう話があるじゃないですか。あれは難易度高いよと。

石川 高いと思います。まず環境を変えると自分が変わるので、僕の場合は楽ですね。人によっては座禅みたいなことをして自分が変わった、みたいな人もいますけど。

PDS あれは本当に変わってるんですか?

石川 変わったふりだってよくいいますけどね。座禅をしてるときは変わってるけど、日常生活に戻ると元に戻っちゃうのは、やっぱり環境が変わってないからですよね。

PDS 元に戻る力がつねに働いてるとダメなんですね。本を書かれているダイエットもその話に近いんですか? 要は続かないっていう。

石川 そうですね、ダイエットとか習慣っていうのは環境が変わるときにいちばん変わりやすいんで、まず環境を変えてみることです。そもそも家に冷蔵庫置かないとか、コンビニまでクルマで1時間かかる場所に住む、みたいな(笑)。

PDS 石川さんは、ダイエットは2,000年間、決定的なソリューションが出てないっておっしゃってますよね。あれはやっぱりそこを変えられないんですか? 痩せることはみんなできるけど、その先の仕組みが入ってないっていう。

石川 そう。単純に痩せたあとの仕組みづくりを誰も研究してなかったのを僕は発見したんですけど。まあ発見っていうほどの発見じゃないですけど。

インタビュー中、どこからともなく透明感のある鳥のさえずりがずっと聞こえていたが、その正体は石川さんのデスクのある部屋に設えられた「R-LIVE」という空間音響システム。ハイレゾリューション音源の豊かな自然音を専用のオーディオシステムで高品質に再生し、従来のCD音源や配信音源、BGMシステム以上に空間を心地よさで満たすという。
インタビュー中、どこからともなく透明感のある鳥のさえずりがずっと聞こえていたが、その正体は石川さんのデスクのある部屋に設えられた「R-LIVE」という空間音響システム。ハイレゾリューション音源の豊かな自然音を専用のオーディオシステムで高品質に再生し、従来のCD音源や配信音源、BGMシステム以上に空間を心地よさで満たすという。

長く活躍する人って普通を大事にしてますよね

PDS そんなに昔から、人は痩せたかったんですか?

石川 古来から太ってた人はいたってことですね。本当に一部の人たちですけどね。肥満がこれだけ一般的になるのは戦後の話ですからね。それまでの人間はむしろつねにお腹を空かせていましたから。ただ、太ってた人はずっといて、みんななんとかしたいって思ってた。だってお腹が邪魔で靴紐とか結べないですからね。階段も見えないとか。

PDS 物理的に太ってることの不都合があったと。いまに比べるとより一層。

石川 眠れないとか、いびきがうるさいとか。だから最初の話に戻ると、好調も不調もずっとは続かないんです。「好きだ!」とか「やるぞ!」という気になる好調ってずっとは続かないし、逆に不調も続かない。だから普通がいちばんいいんです。例えば、長く活躍する人って普通を大事にしてますよね。

PDS テレビのタレントで、この人の冠番組って観たことないし、流行語大賞になるようなことも言ってないし、何か賞をもらったわけでもないけど、ずーっとテレビに出続けている人いますね。それってそういうことなんですかね。

石川 そうだと思います。いきなりドーンと上に行っちゃうとそれが普通になるけど、それって続かない。流行語大賞は毎年は生み出せないし。普通にそこにいて普通にいいみたいなことだと思うんですよね、そういう人は。だからそういう普通の人にはギャップがあるので、ちょっと面白いこと言っただけですごい面白いみたいな感じになりますよね。普段穏やかな人が怒ると怖いっていうのと近いと思うんですけど。

PDS 確かに。

石川 ただ、一方でずっと普通なのは辛いんですよ。ゆらぎがある状態っていうのが、人間の本能的にいちばん心地いいんだと思いますね。そのゆらぎを貫くのが普通って状態で、それに対してアップダウンがあるという。

PDS 例えば、「就職人気ランキング何年連続トップ10」みたいなのを続けるのは辛いよと。

石川 そうでなくなったときにがっかりしちゃうし、それが普通になるじゃないですか。そもそもランキング上位になるのが目的じゃないのにそれが目的になったりすると、手段と目的が変わっちゃいますよね。だから昔を知ってる人にはいまはいいように思えるし、いま入った人は、今後下がると「え?」みたいな。

PDS おっしゃるとおりで、僕が入社したとき社員は40人だったんですが、いまは800人いるんですよ。いま入ってくる学生さんは社員800人の大企業に来る気なので、僕からすると「こんな揃ってるな」って思うのが、彼らには「こんなに揃ってない」って見えちゃうんですよね。

石川 だからこそ、会社の何がベースなのかをしっかり認識づけるために、うちはここからスタートしたんだと伝える語り部が必要なんですよ。

PDS なるほど。

石川 パナソニックはね、「この藁葺き屋根の一軒家からスタートしたんですよ」というのを伝えるミュージアムをつくっています。原点を確認するのは大事な作業ですよ。

PDS ほっとくと原点はどんどん遠くなるんですね。

石川 入ったときの状態が当たり前になって、この部署はこういう伝統があるんですねみたいなことを言い始めたりして、「それ2年前からだし、なくてもいいし」みたいなことはあるじゃないですか。特に組織っていうのは大きくなると既存事業をうまく回すように組織化されていくから逆に新しいことがやりにくくなるっていうのはありますよね。

PDS そうですね、会社をあえて大きくしない人がいるじゃないですか。それはよくわかるけど、一方で会社を大きくしながら、小回りも両立させている会社ってあります?

石川 どうですかね。有名なのはP&Gかな。あれだけグローバルになってもトップ自らがイノベーションを会社の中心に据えたことで業績をV字回復させました。トップ自らユーザーと会うことが大事だと言ってユーザーの家庭訪問をする。既存事業を回したいのか、イノベーションを軸に置くのか、もちろんこれは両輪なんですが、どっちにより軸を置いてるのかをトップが見せてかないと社員には絶対伝わっていかない。P&Gでは仕組みとして、売上目標にも新しいパートナーシップとかイノベーションによる売上の割合がこれだけって決められているんです。既存事業との合計額で目標に達しても、内訳でイノベーションによる部分がなかったらそれは達成してないのと一緒なんですね。

PDS 両輪にしてあるんですね。

石川 P&Gが傾いたときにA・G・ラフリーというCEOによってV字回復したという有名な事例ですね。あれだけでっかくなってもそんなことができる。しかもドラスティックではなく、わりと滑らかに。

PDS ドラスティックにガッとやる会社もあれば、P&Gみたいに滑らかにやるところって、何か違いがあるんですか?

石川 P&Gの場合、やりやすかったのは1回業績が落ちたからですね。危機のときは変えやすいんですよ。基本伸びてるときはやっぱり既存事業をしっかり伸ばしたほうがいい。伸びが緩やかになったり落ち始めたときにイノベーションを入れるっていうのが組織として正しいタイミングで、その来るべきときに備えてスモールスケールで準備しとくのが、組織運営上いい気がしますね。

PDS そうおっしゃるのは、伸びてるときはイノベーションが種の段階でつぶされやすいからもったいないってことですか?

石川 いえ、やる理由があんまりないというか。ラフリーもそうなんですけど、彼が求めたのはまったく新しいものではなく、伸びてる既存事業をもっと伸ばすためのイノベーションだったんですよ。

PDS なるほど。

石川 そこには、伸びは鈍化しているけどまだまだチャンスはあるはずだから、という改善としてのイノベーションと、革新的なイノベーションの2つに分けて考える必要がある。

PDS 継続的にやるのか、そこに断続を1回生んで別のベクトルをつくるのかの違いがあるんですね。

石川 そう。結局既存事業を伸ばすのも改善のイノベーションなんですよ。で、ラフリーは多分それを何よりも重視して、次にまったく新しいほうに進むと。で、そこから先は外部とのパートナーシップでやるしかない。

PDS 中にリソースがない?

石川 おそらくそうでしょうね。P&Gで面白いのは、たとえ競合他社であっても、製品がかちあってなければいいという態度です。実際、競合他社とつくった商品もあるみたいですからね。それこそP&Gなんて洗剤を何十年間も、毎年イノベーションしてる会社ですからね。で、10年に1回くらいとんでもないイノベーションがあって、最近の洗剤のボールをぶっこむやつはそうですよね、10年に1回の大イノベーション。だから日々の改善というイノベーションをばかにするなっていうのが、ラフリーの最大のメッセージなんです。

PDS ところで、イノベーションを起こすときってやり方はいっぱいあると思うんですけど、何らかの目標を設定します、それを達成させます、イノベーションが起きますってシンプルな流れだとしたら、この途中にいろんな谷があるじゃないですか。やりかけたけど三日坊主で終わったとか、そもそも始まらないパターンとか、ちょっと続いたけど続いてる間に飽きちゃったとか。そういう谷がなく意外とスーッといくこともあるんですか?

石川 ほとんどの会社はそういう谷に苦しんでますよね。それはなぜかっていうと、期限と中間ステップが決まってないからなんですよ。一方P&Gは自分の査定が1年に1回の考課で決まっちゃいます。もちろんゼロから始めて売上100億とか1,000億ってのは時間かかりますが、途中に細かいステップが設けられてて、例えば消費者に実施するコンセプトチェックみたいのがあるんですが、何%以上の消費者がいいって言わないと次のステップに進んじゃダメなんです。0.1%足りなくてもダメ。これはイノベーションだけじゃなくて普段の業務からそうで、CM1本流すのも何%の消費者がOKって言わないと流しちゃいけない。0.1%足りなくても駄目なんです。

PDS 惜しかったがない。

石川 ない。

PDS デジタルですね。

石川 すごいですよ、0か1か。そういうカルチャーですね。

インタビューを行った石川さんのオフィスのミーティングルームには、さまざまな種類のユニークなアート作品が点在。写真の背後にあるワインの使用済みコルクを使ったレオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画は、石川さんの友人でもあるソムリエでコルクアーティストの久保友則さんの作品。こんなところからも石川さんの人脈の広さが伺える。
インタビューを行った石川さんのオフィスのミーティングルームには、さまざまな種類のユニークなアート作品が点在。写真の背後にあるワインの使用済みコルクを使ったレオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画は、石川さんの友人でもあるソムリエでコルクアーティストの久保友則さんの作品。こんなところからも石川さんの人脈の広さが伺える。

未来の目標っていうのはありえないのが展開型の人たち

PDS ところで、石川さんは「希望と幸せの違いについて、希望は疲れる、幸せは疲れない」っておっしゃっていますよね。どちらもポジティブ感情だけど、希望には目的意識があってロジカルに考え始めるので脳が疲れる、幸せはロジカル機能がOFFになってて脳が疲れない、と。目標設定のなかでも希望的な目標を入れる人とそうじゃない人とがいると思うんですけど、そのへんはどう扱うんですか?

石川 そこは人によりますね。役職にもよると思うんですけど、国の違いもあって、例えばイギリスは到底達成不可能な目標を掲げるんですよ。

PDS それはイギリスの国の成り立ちや民族性が関係してるんですか?

石川 目標は達成するか否かではなくて、議論を呼ぶか否かのほうを重視しているからですね。逆にアメリカは達成可能なことが重要だから達成可能な目標が並ぶ。

PDS 日本はどうなんですか?

石川 日本は目標って概念があまりないんじゃないですか。国の政策とかは基本的に米国から輸入してるから達成可能な数値が並びますけど。

PDS となったときに成果はどうなるんですか? 例えばイギリスは議論を呼ぶための高い目標設定をする。これでも高い低いじゃないんですか?

石川 高い低いっていうか、そもそも数値目標じゃないですからね。もっと理念的なものでつねに議論になりますよね、イギリスのほうが。

PDS なるほど。じゃあ例えば国会の座席のつくり方とかに影響する?

石川 そうですね、イギリスなんか完全に対立型だし。そもそも目標っていうのは好きな人とそうでない人がいるんですよ。しっくりくる人とこない人が。達成型の人は目標から逆算するんですね。でも展開型の人ってのもいて、展開型はとりあえず一歩進んでから考えて、また一歩進んだら考えるっていう人たちです。同じ1年後どうなるかって聞いたときに、展開型の人は「1年後の俺に聞いてくれ。どこ行ってるかわかんない」と。達成型の人は「1年後こうなってたいです。逆算して今日はこうです」って。タイプが違う。

PDS それって生まれつきなんですか、それとも後天的なんですか?

石川 未来の目標っていうのはありえないのが展開型の人たちなんですよ。彼らにとっての目標は常に目先なんですね。「いまこれやってます。その先はちょっと行ってみないとわかんないです」と。本人は日々一生懸命やってるんですよ。でも1年後こうだからそのためにって言われると、途端にやる気をなくすのが展開型の特徴ですね。

PDS 面白い。それは例えばある企業の色があったら、展開型が居心地よくて増えちゃう企業と、そうでない企業みたいのが存在するっていうことですか? 人はそのへんを嗅ぎつける?

石川 ベンチャーは比較的展開型が多いんですよ。次どうなるのかって、進んでみないとわかんないですから。大企業は基本的に達成型ですよね。そうでないと回っていかないですからね。だから展開型の人間は新規事業とかを担当させて、好きにやれと。

PDS チームの中でこの人が展開型、この人が達成型って見分けるロジックってあるんですか?

石川 本人に聞いてみたらいいと思うんですよね。

PDS どっちが気持ちいいって?

石川 将来の目標を立てて、逆算して日々を過ごしてきたことがあるか否か。例えば受験勉強でも分かれるんですよね。目標から逆算して、合格するには何点ぐらい必要で、そのために英語は何点取ろうと考えていた人と、よくわかんないけどいろんな勉強してたら受験の日になりましたみたいな人もいる。日々の仕事でも、一応目標は立てるけど実はあんまり気にしてません、っていうのは展開型の可能性がありますね。

PDS それは違いであって、そのチームや会社が手にする成果とは直接的には関係ない?

石川 仕事の内容にもよるし。とにかく決められたことをやりさえすれば業績がバンバン伸びるときは達成型の人のほうがいいんですよ。

PDS そっか。企業のステージによるんですね。

石川 よりますね。そういう場合はマシーンみたいな人がいい。昨日より今日、今日より明日という。一個一個依頼が増えてくのがうれしいとか。

PDS 企業が成長していくなかで、そういう人がいっぱいいたほうがいいときとそうじゃないときがあるとして、でも5年後ステージがこうなったときにこの人たちに辞めてくださいはできないですよね。

石川 自然と辞めてくと思いますけどね。会社の雰囲気が変わって、会社の中心勢力がそういう人たちになったらやっぱ辞めるんですよ、そういう人たちは。

PDS 辞める人がいる一方で、マラソンでいうと前走ってたのにちょっと休んでて、また35km過ぎたら誰かの後ろに付いて長く会社にいるっていうパターンもあるわけですよね。

石川 王道と邪道みたいなもんで、展開型の人は一般的には邪道なんですよ。そういう役割を与えてしまうのを、パナソニックではやってた。

PDS あんな大企業で?

石川 研究所を、中央研と、そういう邪の研究者を集めた研究所との2つつくったんです。この邪の研究所は、パナソニックやソニーがやらないことをやれっていう。

PDS いまもあるんですか?

石川 もうなくなっちゃいました。パナソニックはそれでイノベーションが生まれなくなってしまったんです。

PDS いい働きをしてたんですね、そこは。

石川 パナソニックのイノベーションって、実は邪のほうからもたくさん生まれているんですよ。

石川さんのデスクがある部屋の壁には、大のお気に入りアーティストだという、現在国際的にも注目されている池田学の最新の画集『The Pen』の作品が数多く飾られている。一日にわずか10㎝四方しか描けないこともあるという細密な技法で描かれた、1mmにも満たない緻密な線で広大な世界を描くスタイル、そして精緻な描写による瑞々しい質感に、石川さんはエモーションを掻き立てられるという。
石川さんのデスクがある部屋の壁には、大のお気に入りアーティストだという、現在国際的にも注目されている池田学の最新の画集『The Pen』の作品が数多く飾られている。一日にわずか10㎝四方しか描けないこともあるという細密な技法で描かれた、1mmにも満たない緻密な線で広大な世界を描くスタイル、そして精緻な描写による瑞々しい質感に、石川さんはエモーションを掻き立てられるという。

変化の時代、危機の時代には変な人たちとの融合が必要

PDS そういうのってパナソニック以外でもあったんですか?

石川 多分ないですね。

PDS それは松下幸之助がやりたいって言ったんですか?

石川 そうです、幸之助がいたときにやって、亡くなったときになくなっちゃった。一見無駄に見えますからね。

PDS そういう邪のチームって経営陣や大多数の社員からすると、いま稼いでくれるかどうかっていうとまったく稼いでくれないからいらないと思われる。ってことはやっぱオーナーの庇護がないと成り立たない。

石川 成り立たないと思いますよ。実際はすごい稼いでるんですけど。

PDS 長いスパンで見たときにどれぐらい稼いだかいうと、そこから生まれたイノベーションで随分稼いだと。

石川 めちゃくちゃ稼いでます。例えばそこから生まれたもののひとつに「手ブレ補正」があって、とんでもない額稼いでますからね。デジカメではパナソニックは最後発だったんですよ。でも手ブレ補正のデジカメが売り出されて一気にナンバーワンシェアになった。ただ、その人たちの社内の評価は低いですよ。だって基本的に会社や上司の言うことを聞かないことがミッションだから、全然昇進しないんですよ。でもこの人たちはそれでいい、昇進したいわけじゃないから。その代わりすごいものをつくったら特許料がたんまり入りますから。だから別に地位はなくてもそれを誇りとする。地位がないのは会社の言うことを聞かなかったってことですから、そこに幸之助の期待と合意はピッタリフィットしてますよと。

PDS そういう人はどういうところからそこの部署に入れられちゃうんですか?

石川 新入社員からですよ。

PDS そういう特性みたいなのを見込まれて行く感じですか?

石川 見込まれてるのかはわかんないですけど、そういう環境だったらそういう人になるんですよ、やっぱり。

PDS 自然界でもそういうことが頻発するんですか?

石川 あると思います。ミジンコなんかもそうですね。ミジンコって基本的にはメスだけなんですよ、普段は。でも池の環境が悪くなってくるとオスつくって、交配させてってことやりますからね。

PDS 子孫残さなきゃと。

石川 そういう不安定な環境下だとイノベーションを必要としますからね。安定した環境では基本的にメスが永遠にメスをつくり続ける無精生殖をずっとしてるんですよ。だから環境が安定してるなら同じことをひたすらやってればよくて。ただ、来る変化の時代、危機の時代にはそういう変な人たちとの融合が必要になってきますよね。

PDS じゃあパナソニックでは幸之助が亡くなって、それがいまどう総括されてるんですか?

石川 やっぱり必要だってなってますね。

PDS なるほど。

石川 実は、パナソニックの津賀(一宏)社長は邪の研究所出身なんで、よくわかってらっしゃるんじゃないですかね。

PDS そういうことなんだ(笑)。だとしたら、よく社長になれましたね。

石川 すごい方だと思います。水道哲学でこれまでやってきたパナソニックを、大きく変革する役割を担おうとされていますからね。

PDS それはやっぱ振り子だからですか? 企業経営ってこっちのほうに振れたら次は……。

石川 そういうことだと思います。

PDS じゃあぐいぐい系と、ニュートラルもしくはアメーバ系と、経営のスタイルってあるじゃないですか。それは企業が目指してる方向とかやりたいことによって向き不向きがあるってことですか?

石川 変化を起こしたいときなのか、既存のことをしっかりガバナンス利かせてちゃんとやりたいのかのフェーズの違いだと思いますけどね。RIZAPもね、カルビーの松本(晃)さんがCOOに就任して、「ガバナンス!」って言ってましたから。

PDS あのRIZAPが。

石川 そういうフェーズに入ったんでしょうね。ベンチャー企業のフェーズからね。

PDS それが長い時間を経てという時間の問題ではなくって、要はその間に何が起きたかという濃さの問題ですよね。あっという間にそこまで行ったということなんですね。

石川 そうですね。

PDS 不具合が起きてたってことなんですか、それとも?

石川 いや、記者会見で瀬戸(健 RIZAPグループ社長)さんは、「何かが起きる前に」って言われてましたね 。たくさん会社買っていろんなカルチャーがあってごちゃごちゃしてるから、ここで何か起こる前に手を打とうってことだと思いますけどね。

インタビュー終了後にハビテックで行われた、Sansan Data Discoveryとしてのパリでの学会発表のためのミーティング。Sansan Data Discoveryは、Sansanの名刺データ化とR&Dを行うDSOCと、石川さんなど外部の識者が共同で研究していくプラットフォームで、Sansanに貯まるコネクションデータから「まったく新しい価値」を導き出すべく活動している。
インタビュー終了後にハビテックで行われた、Sansan Data Discoveryとしてのパリでの学会発表のためのミーティング。Sansan Data Discoveryは、Sansanの名刺データ化とR&Dを行うDSOCと、石川さんなど外部の識者が共同で研究していくプラットフォームで、Sansanに貯まるコネクションデータから「まったく新しい価値」を導き出すべく活動している。

会社の姿は原点と時代の情勢の掛け算で
原点の価値観は絶対変わらない

PDS ちょっと話変わるんですけど、こないだ『ハーバード・ビジネス・レビュー』の「職場の孤独」という特集に出てらしたじゃないですか。あれで、信用と信頼の違いの話があって、信用はすごい大事だなってもちろん思ってるんですけど、信頼とこんなに違うんだっていうのを文章読んで思ったんですが、あれもう少しかいつまんで教えてもらってもいいですか。

石川 信用は能力なんですよ。会社からその人に対して、これできるよねとか、これできないよねっていう。

PDS なるほど。

石川 一方、信頼は能力関係ないんですよ。お前ができようができまいが俺は支援するっていうような。子どもに対する態度に近いというか。そっちのほうが安心感は生まれるんですよね。チャレンジしても、失敗してもいいんだっていう。

PDS “働きがい”っていうものの正体を考えたときに生まれた疑問があって。働きがいって会社から提供してるものなのか、その人が働いてるなかで見つけたり感じたりしてるものなのか。はたまた相対的なもので、隣にいる彼を見てると「自分が働きがいを感じてやってるな」と感じるものなのかって考えたときに、信頼ってものが会社からの矢印として来てることが肝なんですかね?

石川 それはそうですね、上司とか経営陣が最もやるべき仕事のひとつだと思います。信頼の雰囲気をつくる、信頼の文化を醸成するのはね。

PDS それは「彼がやってること=doing」と「彼自体=being」だと、beingのほうの扱いってことですか?

石川 ひとりの人間としてしっかり見てますよってことだと思いますね。支えますよって。

PDS それを会社とか上司から受けた社員って、生物学的、脳的なのか医学的なのかわかんないですけど、どういう状態になるんですか?

石川 オキシトシンっていうラブホルモンみたいなのが出て、会社に対する忠誠心とかが上がりますね。

PDS 会社以外でオキシトシンが出てる状態ってどういう状態があるんですか。

石川 セックスですね。あとカラオケとか酒飲んでるときもそうですね。あとみんなで合唱してるときとか。だから宗教では歌を歌うんですよみんな一緒に。みんなで歌うとオキシトシン出るから一体感が出る。酒もそうですね。

PDS 賛美歌も?

石川 賛美歌もそうです。歌とかダンスっていうのはオキシトシンが出やすいですね。だから動きが揃っていると出るんですよ、一体感が。酒とダンスと歌が全部揃ったカラオケってすごいんです。

PDS 人間の根本的な原理からすると、世の中の仕事って基本的には人間がどうだったら気持ちいいかにちゃんとインパクトしてることがいいわけじゃないですか。無駄話好きは昔は井戸端会議だったけど、今はLINEなのかとか、昔から自己愛あるけどいまはFacebookだよとか、そういうことですよね。

石川 働きがいがどうやって生まれるのかってのはよくわかんないんですよね。

PDS 解明されてない?

石川 されてないし、それを目指すべきでもないと思うんですよね。そういうのってたまに感じるくらいがいいっていうか。フランス料理を毎日食べるのはやだみたいなもんですよね。普段は納豆とみそ汁でいいと。

PDS そうなんですよね。話を戻すと、最初の同期の彼と18年間の会社人生を振り返ってみても、まあ働きがいを感じているのって数回なんですよね、節目節目で何か感じたなってぐらいで。

石川 そっちのほうがやっぱり長く続きますよね。

PDS そうですよね。ただ就職人気ランキングもそうだし、中途の人はもしかしたら社員満足度ランキングを見てるかもしれないじゃないですか。ランキング自体が何かを保証するわけじゃないですよね。

石川 ではないと思います。とはいえそれを見るといい会社なんだろうなと思うじゃないですか。そういう人たちの期待値を下げるかもしれない。ただ、いまのこの姿が普通だと思ってもらっちゃ困るというか、新入社員研修とか中途研修で、会社の語り部みたいな人がしっかりと原点を確認する、ヒストリアっていうんですかね。最近すごい重視されてますね。

PDS エバンジェリストとかヒストリアみたいな。最近重視する会社が増えてきた?

石川 増えてますね、やっぱり。

PDS だからアメリカ行くと、いまだにガレージのころの話もち出したりとかっていう。

石川 そうそう。Plan・Do・Seeですって名刺渡すじゃないですか、友達に。「どんな会社なの?」って聞かれたときにどう語るかですよね。いまの大きな姿を語るのか、「昔はね」みたいな原点から語るか。

PDS 石川さんが以前、自己紹介のときに自分が生まれるまでの話をすればだいたい自分の輪郭がわかる、みたいな話されてたじゃないですか。そういう感覚?

石川 それに近いと思いますね。原点を語ればそれでよしっていう。いまはホテルやってるけど、将来どうなるかわかんないし原点は変わらない。会社の姿って結局原点と時代の情勢の掛け算じゃないですか。原点の価値観は絶対変わらないんですよ。だけど時代は変わるから、結果として業態は変わる。例えば楽天の三木谷さんもそうですけど、ころころ変わる。でも実は価値観は変わってないんです。インプットされる情報が変わるから、結果としてのアウトプットが変わるだけなんですよ。三木谷さんの取扱説明書っていうのが、実は社内できちんと共有されてる。じゃないとあの人一貫性ない人なんだって思われちゃうから。違うよ、価値観はずっと一貫してるからよく見ててって。だから、先週アメリカからこんな情報が入ったからいまそういうこと言ってんだなってみんな気づくんですよ、確かにそうだな、価値観は変わってないねっていう。

PDS すごいわかります。てことは、そこのいまの原点掛ける時代の情勢っていうふたつの要素の、時代の情勢は変数だから、変わらない原点のほうに乗っかれるとか、そこにアグリーできる会社を探すのが、働きがいよりはフィットしやすいと。

石川 コアバリュー経営っていうんですかね、最近すごい増えてますね、自分たちはこういうことを重視してますって価値観をバーンと出して、それに合う人に来てもらうっていう。本当に、これからどんな業態がいいってわかんないじゃないですか。

PDS わかんない、本当にわかんない。働きがいっていっても、個人個人で違うから、だったら個人個人に働きがいって何だろうって当てはめるより、動かないことに合意できる人この指とまれのほうが……。

石川 本来的にはいいと思いますよ。だし、それを刷り込むためにもやっぱりヒストリアみたいな人が語ったほうがいいし、それが理解できていると、時代に合わせて変わっていくことにみんなビビらなくなりますよ。

インタビュー当日の夜に銀座 蔦屋書店で行われた、元『WIRED』編集長の若林恵さんの書籍出版記念のトークイベントに、若林さん、漫画家の宮崎夏次系さんとともに出演した石川さん。「若林さんとは福岡のイベントで出会って意気投合して、すぐに『WIRED』での執筆が決まったんですが、それ以来仲よくさせていただいてます。今日も何だかよくわかっていないんですが、来いって言われたんで来てみました(笑)」。
インタビュー当日の夜に銀座 蔦屋書店で行われた、元『WIRED』編集長の若林恵さんの書籍出版記念のトークイベントに、若林さん、漫画家の宮崎夏次系さんとともに出演した石川さん。「若林さんとは福岡のイベントで出会って意気投合して、すぐに『WIRED』での執筆が決まったんですが、それ以来仲よくさせていただいてます。今日も何だかよくわかっていないんですが、来いって言われたんで来てみました(笑)」。