Plan・Do・See(PDS) 前回はプロジェクトが休止になったというところまでお話いただきましたが、それでチームは一度解散になったんですか?
榊 いえ、せっかくのチームを解散するのももったいないと思って、しばらく情報交換を取り合うくらいの関係は続けていました。そんななか、ストップがかかってから半年か一年くらい経った2017年の秋くらいに、2018年のサウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)に電通全体としてブースを出すという噂を聞いたんです。
PDS いいチャンスだったんですね。
榊 ところが、僕が出展を知ったときにはもう社内の枠は全て決まっていたんですが、紆余曲折を経てどうにか出展までこぎつけることができました。
PDS そのときはどのくらいの段階まで出来上がっていたんですか?
榊 寿司テレポーテーションの前に、デジタルおでんというのを実験で作っている段階でした。すでにゲルでデータを取っていて、ゲルでの食の再現はある程度いけるというのがわかっていた。
PDS もうそこまで進んでいたんですね! SXSWではどうして寿司をテーマに考えたのですか?
榊 会場となるアメリカで見せる際に、一番話題になるのはどういった見せ方なのかというのを考えた結果です。まさに広告のアイディエーションです。
PDS 確かに、寿司なら外国人に受けそうですね!
榊 テック系のスタートアップはどうしても技術に関してだけのプレゼンテーションをしてしまうことが多いんです。何百も出展があるトレードショーでは、それだけだと本当の良さがなかなか気づかれにくい。
PDS 良さを知ってもらうためにどう見せるかというのも大事になってくるんですね。
榊 そうですね。つかみとしてエンターテインメントが大事になってくる。グッドデザイン賞の出展なども参考にしていますが、人は動いているものに吸い寄せられる性質があるんです。それで、テレポーテーションという動きを見せるようにしました。
PDS いいものさえ作れば人は寄ってくると思いがちですが、それをどう見せるかというところまで考えてらっしゃるのは、電通ならでは、アートディレクターならではの思考ですね。
榊 今回の出展では、まずは話題を作って我々の思想を理解してもらって、日本に逆輸入しようと考えました。というのも、「世界が認めた」という枕詞に日本人は弱いじゃないですか(笑)
PDS 確かに(笑)外国人に見せるために作っているのに最終的に日本人がターゲットになっているのが面白いですね。
榊 電通は国内のマーケットも重要なので、やはり国内のクライアントへのアピールが重要になってきます。
PDS 日本の企業からの反応もありましたか?
榊 たくさん反響がありました。個別にはもう連携をとってやっているところはありますよ。国内のフードテック系のカンファレンスに呼ばれたりしますし、フードテック団体の有識者メンバーにも入って色々やっています。
PDS ものすごい反響ですね。
榊 これを僕はサンドイッチ理論と呼んでいるんですが、テック系のプレゼンテーションには「つかみ、技術、社会」のヴィジョンを見据えた3つの提示が大事だと思っています。つかみを工夫するとメディアが取り上げてくれる。
PDS それが「寿司テレポーテーション」ですね。
榊 そうですね。あとは、技術の説明をすると技術者や研究者に反響がある。そして社会のヴィジョンを提示すると投資家が食いつくんです。
PDS そこまで考えているんですね。その理論はどこで学んだんですか?
榊 やりながら自分で学びました。
PDS OPEN MEALSは食をデータ化したら面白いよねというところからスタートしていたと思いますが、研究が進んでいくなかで世の中の様々な課題を解決できるほど広がりを持っているような印象を受けます。
榊 そうなんです。これは僕らもやりながら気づいたことでした。たとえばデータに置き換えるので、カロリーコントロールが自在になります。あとは、出力のゲルに水を加えれば柔らかさを調整できるので、介護食にも応用できます。
PDS いろいろな可能性があるんですね。
榊 僕たちはユースケースを3つに分けて考えました。「データ化、転送、再現」ですね。段階ごとに難しくなっていきます。データ化というのはパーソナライズ、つまり個々人に最適化できるということです。データ化に関してはすでに市場が拡張していこうとしていて、あと10年以内にほとんどの食やサービスがパーソナライズ化されると思います。
PDS ゲルならベジタリアンやアレルギーの人にも対応できますね!
榊 次に、転送というのは遠距離間の食のやり取りが可能になります。僕たちはソーシャル・フード・ネットワーク・サービスと呼んでいるのですが、今までシェフとお客さんが対面で食べていた料理が変わるわけです。例えば、銀座の有名店の寿司が宇宙で食べられるとか、アイドルが作った料理をファンが食べられるとか。あとは孤食という現代的な問題にも対応できるはずです。
PDS 離れて暮らすお母さんの味が恋しくなってもその味が食べられるようになりますよね。大昔から人間が持っている根源的な欲求にインパクトする可能性を感じますね。
榊 ただ、今おっしゃったお袋の味の再現というのは現段階のアプローチでは極端に難しいと考えています。というのも、再現するには既存の料理をスキャンしなければならないのですが、そのスキャンするというのが難しい。
PDS あー、なるほど。
榊 転送までの段階では、デザインされたニューフードなんです。一方で、既存の料理を再現するとなると、ゲルなどの代替材料では作れない。分子レベルで元の料理を再現できるプリンタが必要になります。それが一般家庭に普及するのはまだまだ先の話だと思います。
PDS OPEN MEALSのウェブサイトには、食の未来の100年を予想しているコーナーもありますよね。
榊 そうですね、そこにも載せている通り、再現が可能になるのは2050年頃になるのではないかと予想しています。もちろん、シンギュラリティによってもっと早まるかもしれませんが。
PDS 2050年かあ。
榊 再現の段階まで行くと伝統の味や思い出の味を保存、継承するビジネスができると思います。それと、店舗型のレストラン産業は確実に業態を見直すことになる。山奥のレストランに車で三時間かけて行っておばあちゃんの味を楽しむとか、体験にしか価値が生まれない時代がやってくる。もう既にそういう方向にシフトし始めているとは思いますね。
>>>【3】手に取って、保管してもらうために——「東京防災」に込められた体験のデザイン につづく