今回のインタビューを行った場所は、渋谷・公園通り沿いのカフェ、「カフェマメヒコ 公園通り店」。世界中を飛び回る成瀬さんの、東京滞在の際のノマドオフィス的な場所になっているそう。公園通り向けて開けた大きな窓から陽光が降り注ぐ、明るく開放的で居心地のいい空間だ。
今回のインタビューを行った場所は、渋谷・公園通り沿いのカフェ、「カフェマメヒコ 公園通り店」。世界中を飛び回る成瀬さんの、東京滞在の際のノマドオフィス的な場所になっているそう。公園通り向けて開けた大きな窓から陽光が降り注ぐ、明るく開放的で居心地のいい空間だ。

場所に行って体験できるコンテンツをつくりたい

Plan・Do・See(以下:PDS) 弊社は1993年の創業からしばらくは歴史的建造物の再生事業が多かったんですけど、いまはホテルが3つあって、この先5年で10軒ぐらいオープンする施設が、全部ホテルと旅館、リゾートなんですよ。それで、旅をテーマに起業されている成瀬さんのやってらっしゃるお仕事と僕らがやってるお仕事はつながってそうなんですけど、そこにはまだまだ大きい谷があるような気がしています。施設をやってると、施設を点でつくっても、その先の旅人たちの展開までは見きれてなくて、そこをつなげたいなって常々考えているんですが、「ON THE TRIP」という、施設と旅人をつなぐ新しいサービスを始められている成瀬さんにいろいろ聞いてみたいと思って今回のインタビューとなりました。で、いきなりで申し訳ないんですが、成瀬さんは「旅とは何ぞや?」と聞かれたら、どう答えますか?

成瀬勇輝(以下:成瀬) 旅すること自体は、僕は人間のDNAに刻まれているんじゃないかなと思っています。僕はもともと1950年代から60年代のビートニク世代、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』とかアレン・ギンズバーグとか、あのへんの文学を中学高校のときに読んで好きだったんです。特にケルアックの『ザ・ダルマ・バムズ』という本の中で唱えられている「リュックサック革命」に大きな影響を受けました。要約すると、当時アメリカは資本主義で、消費するために生産するのか生産するために消費するのかもわかんないようなサイクルに入ってしまってたんですが、「そうじゃなくて僕らはリュックサック担いで世界に出て行こうぜ」と唱えたんです。1万人の青年たちが、世界中を座禅しながら、田舎のおばあちゃんに花や詩を届けたりしながら見て回ってアメリカに戻ってきたときに、新しい価値観をもって新しいアメリカをつくっていくんじゃないかと。

PDS いわゆるバックパッカーですね。

成瀬 そう、そこからバックパッカーっていう言葉が生まれるんですけど、それにベトナム戦争が重なってアメリカ全土にヒッピーコミューンが誕生します。そのうち西海岸のコミュニティから『ホール・アース・カタログ』が生まれて、そのコミュニティに足しげく通ってたのがスティーブ・ウォズニアックで、彼が連れてきたのがスティーブ・ジョブズ。そこからパーソナルコンピューターやインターネットという世界を変える新しい価値が生まれているわけです。リュックサック革命もそうですが、旅は世界を見て回ることで異なる価値観を受け入れ、新しい文化をつくる原動力になると思っています。そういうところから、僕は旅が好きになっていったんです。

PDS それで実際に世界を見て回られたわけですね。

成瀬 そうですね、起業する前の1年くらい世界を回ってました。そうしてわかったのは、旅って極めてピースフルだなと。例えばニュースで観ると嫌いになるような国でも、実際にそこに行って人に会って文化を知って歴史を勉強すると、必ずその国への敬意が生まれます。旅にはそういった平和的な要素がありますよね。そういったものを加速させたい、多くの人に伝えていきたいという想いから、いま旅の仕事をしているんです。

PDS 以前やられていた「TABI LABO」と、1年前にローンチしたON THE TRIPとでは、成瀬さんのなかで扱ってるものは違うんですか?

成瀬 違いますね。TABI LABOを立ち上げた理由は、世界一周の旅をするなかで、海外の情報って日本にいたのでは知る機会がないなと痛感したからです。海外の面白いニュースや事例、場所を日本に紹介することで、日本人がちょっとでも海外に興味をもって出て行ったらいいなと思ってつくったんです。

PDS 日本から世界に旅立つ人を増やすためのメディアだったわけですね。ではON THE TRIPは?

成瀬 あるとき、旅先で雑誌や本などのメディアに接していてどういうものが忘れられないかというと、場所と紐づいたものだということに気づいたんです。沢木耕太郎の『深夜特急』はもちろん面白いんだけど、実際にインドの鉄道の車内で読んだときの光景が忘れられなかった。独特の匂いとかと一緒に紐づいて覚えているんです。体験しながら楽しむコンテンツはすごく響くし、忘れられないコンテンツになる。だから、場所に行って体験できるコンテンツをつくりたいなというのが、ON THE TRIPをやるきっかけです。ON THE TRIPって、旅の最中という意味そのまま。さっきの『オン・ザ・ロード』にもかけてます。

PDS インターネットがいろんなものを変えたりとか、いろんなものを必要なくしちゃう意味でのインターネットというのと、いまおっしゃっているインターネットを通したON THE TRIPのあり方というのは、何かをいらなくしちゃうということではないんですよね。リアルが必ず必要だと。

成瀬 そうなんです。例えばいまこのカフェで話してるじゃないですか。でもここはどういう場所かまったくわからないんだけど、ネットで検索すると、例えば実はここはもともと武家屋敷があって、こんな物語があるみたいな話を聞くと、この場所に興味をもてたりする。そこからよりその場所を知りたくなって、文化や歴史、その国のことを知っていくみたいなことにつながるかなと思って。だから、それをあと押しできるという意味でのインターネットですね。

仲間とほぼDIYで完成させたON THE TRIPのバン。ガイドをつくる場所に1カ月〜数カ月滞在し、そこで車中生活しながらコンテンツ制作を行っている。基本メンバーはコンテンツをつくる成瀬さんとライター、カメラマンで、エンジニアなどの技術系メンバーは東京ベース。写真は、バンが完成して最初に赴いた奈良の地にて。
仲間とほぼDIYで完成させたON THE TRIPのバン。ガイドをつくる場所に1カ月〜数カ月滞在し、そこで車中生活しながらコンテンツ制作を行っている。基本メンバーはコンテンツをつくる成瀬さんとライター、カメラマンで、エンジニアなどの技術系メンバーは東京ベース。写真は、バンが完成して最初に赴いた奈良の地にて。

映画のワンシーンを体験してるような
コンテンツのほうが絶対に楽しい

PDS ON THE TRIPができるまでは、旅人の旅先における情報の取り方はかなり限定的だったと。

成瀬 だと思います。まずネット以前はバックパッカーたちのバイブル『ロンリープラネット』ですよね。日本でいうと『地球の歩き方』かな。あれを見てどこに行こうかって決めて、だいたい同じような旅程になっていく。そこからネットができたことで、旅の起点がどんどん人に委ねられて、パーソナライズしていった。いまは一人ひとりが旅のテーマをもって、観光だけでなくITベンチャーを訪ねたい人もいれば、農業に興味がある人もいる。インターネットができたことで、旅人のタイプにバラエティが生まれた。僕がネットと旅はめちゃくちゃ相性がいいなと思ってるのは、結局それで旅の起点が広がっていくなかで、旅先で新しいワードを見つけていくわけです。東浩紀さんが『弱いつながり』という本の中で検索ワードを探すことを書いていますが、要は旅先では、行かないと知り得ないような情報が得られて、そこからさらに検索することで、さらにその場所についての知識が深くなるのを反復横跳びしていく感じでどんどん知識が広がっていくのが、いまの旅とネットのあり方なんですね。

PDS ネットで検索ができるようになって、便利だなってみんな思ったわけです。でも、そもそもそこでもっと検索したいというニーズがあったわけじゃないんですよね。となると、成瀬さんは何かのきっかけがあって、旅先でリアルな体験のなかに自分をおきながら、そこにさらなる情報があったらいいって思ったんですよね?

成瀬 思いました。

PDS そのきっかけになった出来事ってあるんですか?

成瀬 はい。世界一周の旅程のなかで、スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリアでの体験です。そこの主任彫刻家が外尾悦郎さんという日本人の方なんですけれども、彼にサグラダ・ファミリアの中を案内してもらったんです。やっぱり達人に案内してもらうとすごいんですよ。一般の人は入れない、すごい景色が見えるところから、なぜサグラダ・ファミリアがあるのかという話を教えてくれました。一つひとつの彫刻にもそれぞれ意味があるとか、話がすごく哲学的で、いままでの人生を考えさせられるような深い感動を味わい、涙が出そうになりました。

PDS それはスペシャルな体験ですね。

成瀬 で、その直後にカンボジアに行ったんですが、アンコールワットに1日半ぐらいいたんですが、ガイドがいないとよくわかんないんですね。もちろん素晴らしい建築なんですが、結局いい写真を撮っただけで終わってしまった。僕はアンコールワットへ行ったんだけど、何もわからないままカンボジアを離れていくわけです。

PDS こっちはめちゃくちゃ残念ですね。

成瀬 この差というのがあまりにも大きいなと思ったんですね。帰国してからアンコールワットについて調べたら、当然面白い物語がたくさんありました。そういう歴史の話をその場で聞いてたら、たぶん僕は違う感動を得られたはずだと考えたときに、その場で目に見えない面白い物語、コンテキストが伝わると、旅の体験が変わり、さらに膨らんでいくだろうなと。それを理解することは、その場所に敬意が生まれて、それが国とか文化を好きになるきっかけにもなるし、すごいピースフルだなと思って、いまのサービスをつくったんです。

PDS 外尾さんの話じゃないですが、去年国立新美術館で安藤忠雄展やったときに、オーディオガイドのナレーションが安藤先生ご本人なんです。ごりごりの安藤節で、しかもたまに自分の建築をおちょくりながら話しているのを聴きながら動けるんで、安藤先生をしょいながら歩いてるような体験ができて面白かった。普通の建築展だと竣工年とかの概要は書いてあるけど、物語まではいかなくて、そこで思考が止まりますからね。

成瀬 そうなんですよね。結局事実を伝えることはできるんだけれども、本当に人が知りたいのはその裏にあるんです。誰がつくっていつできたかよりも、何でつくったのか、どんな想いがあったのか、時代背景はどうだったのかとか、そういった需要のほうが明らかに多い。僕ら自身もそうじゃないですか。歴史の教科書に書いてあることよりも、知られざる裏話を知ることで愛着が沸いてくるし、まさに小説をめくるような、映画のワンシーンを体験してるようなコンテンツのほうが絶対に楽しい。

PDS それっていまだに旅してるなかで毎回感じますか? 旅先側、観光地側が伝えたいのはこういう話で、旅人側が知りたいのはこういう話っていうせめぎ合いはあるんですか?

成瀬 うまくやってるところもありますよ。最近だと二条城のオーディオガイドは、ちゃんと伝えてるリッチなコンテンツだと思います。実際すごい売れてます。やっぱり素敵なコンテンツであればみんな知りたいし、海外からの旅行者も増えてきてるなかで、文化や歴史を知りたい人がすごく増えてきているのは僕も肌感覚であります。あとは結局、“ものからこと”の体験をもっとリッチにしたいというのが、非常に大きくなってるような気がします。

PDS 外尾さんと出会ってアンコールワット行って、すぐにON THE TRIPやろうって、そう思ったんですか?

成瀬 いや、世界一周はTABI LABOの前なので。ただ僕もTABI LABOを立ち上げてから忙しくて一切旅をしてなかったんですけど、ゆっくり旅してみようと思って、したんですね。瀬戸内国際芸術祭なんですが、豊島の横尾忠則さんのミュージアム「豊島横尾館」に行ったときに、海外からの方が多かったんですが、みんなすごい聞いてるんですよ、「これは何だ?」って。誰も説明できなかったんですけど、ちゃんと説明できたらきっとすごく楽しめるんだろうなって思って。そのときにバルセロナでの外尾さんとのことを思い出したりしたんです。

旅の相棒として最近使っているのが、富士フィルムの名品コンパクトフィルムカメラ「NATURA BLACK  F1.9」。ON THE TRIPの撮影を担当する写真家、本間寛さん所有のものを借りていて、明るい広角レンズが気に入っているという。曰く「フィルムの独特の質感に最近ハマってるんですよね」。
旅の相棒として最近使っているのが、富士フィルムの名品コンパクトフィルムカメラ「NATURA BLACK F1.9」。ON THE TRIPの撮影を担当する写真家、本間寛さん所有のものを借りていて、明るい広角レンズが気に入っているという。曰く「フィルムの独特の質感に最近ハマってるんですよね」。

僕らのバンはモビリティじゃなくてコミュニティ

PDS なるほど。そこからオーディオガイドのビジネスをやろうってなったと。

成瀬 そうですね。ただその前にやり方も面白くしたいなと思って、ビジネスづくりと同じぐらいバンづくりをしてたんですね。

PDS バンですか?

成瀬 そう、ON THE TRIPのコンテンツづくりは、『オン・ザ・ロード』的な空気感でやりたいなとすごい思ったのと、あとはクルマで暮らしてみたいというキャンピングカー生活への憧れがあって。で、バンをオフィス&住居にしてる人はいないと思ったんで、僕らはバンで生活しながら日本各地をめぐって現地の人たちと関係性をつくり、そのプロセスも物語にしていくと僕らも楽しいし、いろんな人たちを巻き込みやすいなと思ったんです。エンジニアがサービスをつくりながら、コンテンツつくる人間はバンをずっとつくってましたね。全部手づくりなんで半年ぐらいかかって、それからスタートでした。

PDS そのバンが移動オフィスになると。

成瀬 オフィスであり、家なんですよ。僕いま、家ないんで。

PDS 家ないんですか?

成瀬 ないんです。ただ、僕はバンとホテルを転々としながらやってるんですが、うちのコンテンツつくってる志賀というやつは本当にバンだけなので、ちょうど1年経ちますけど、340日ぐらいバン生活ですね。

PDS それじゃあ年賀状とかお中元が届かないじゃないですか(笑)。

成瀬 届かないけど、そんなに困らないですよ(笑)。で、バンの話、せっかくなんで踏み込むと、最近考えてるのは、飛行機や電車やクルマって移動手段=モビリティという認識だと思うんですが、僕らのバンはモビリティじゃなくてコミュニティだと思ってて。いまアメリカでロードトリップ的にキャンピングカーが流行ってるんですよ。それがなぜなのかというと、クルマで移動して滞在すると、そこに人が集まってきて、それ自体がコミュニティになっていく。そこでお互い普段会えないような人たちに会える。僕らで言うと、その地域にひとつ旗を立てる感じなんです。旗を立てると徐々に人が集まってくる。僕らはまずゲストとしてその地域に行ってガイドをつくるんですけど、あるときからホストになっていくんです。ゲストとホストの立場が逆転して、地域の人たちとの信頼関係もできて、結果的にコミュニティになっていく。まだ1年ですけど、それをすごく感じてて。要はモビリティではなく、コミュニティ機能としてのクルマのほうが、実はいまの人たちに求められてるんじゃないかって思ってるんです。

PDS なるほど。じゃあ、現地にはバンが突然登場したわけですよね。

成瀬 そうです。しかもいきなりお寺の駐車場にどかんと来る。バンの最初の行き先は奈良だったんですが、以前から存じ上げていた奈良の大安寺の河野良文貫主とお話ししているなかで奈良のガイドをつくりたいという話をしてたら、うちにバンを停めていいよと。かつて奈良でいちばん大きかったお寺が受け入れてくれるならって、すぐに僕らが行って、最初は2カ月ぐらいの予定だったのが、すごくよくしていただいたこともあって、気づけば5カ月ぐらい滞在していました。

PDS ガイドをまず奈良から始めたわけですが、コンテンツについてはどうやって探していったんですか?

成瀬 先ほどもお話ししましたが、バンがコミュニティになっていったんです。そこで奈良で活躍してるいろんな人たちとつながっていった。その交流のなかで、奈良で生まれた大和野菜がいっぱいあって、柿や饅頭、相撲や墨も奈良が起源だってことを教えてもらったんです。さっきのサグラダ・ファミリアの話じゃないんですけど、ガウディが面白いことを言っていて、「オリジナリティを見つけるのは、オリジンに戻ることでしかわからない」という話をしているんです。だから僕らも奈良でオリジンの場所を訪ねました。大和野菜農家や墨の発祥の場所にも。それによって僕たち自身もたくさん勉強しないといけなかった。そういう意味で、奈良からスタートしたのはすごくよかったと思ってます。

PDS 奈良のあとはどこに展開したんですか?

成瀬 沖縄です。沖縄は沖縄で、ものすごいオリジンなわけですよ。もっというと、島国としての沖縄は、奈良よりもオリジンなんです。そう考えると、それぞれの地域ごとの起源を探っていくことがすごい大事なんだなと感じましたね。

フルカスタマイズされたバンの内装。メンバーは両脇のベッドで眠る。季節がいいうちは快適に過ごせるが、夏と冬はそれこそ地獄になるとか。「夏は北海道、冬は沖縄で過ごすことが理想です」。写真は、奈良の次の滞在先となった沖縄の海をバックに。こんな場所で原稿を書けば、臨場感溢れる表現になるのは間違いなさそう。
フルカスタマイズされたバンの内装。メンバーは両脇のベッドで眠る。季節がいいうちは快適に過ごせるが、夏と冬はそれこそ地獄になるとか。「夏は北海道、冬は沖縄で過ごすことが理想です」。写真は、奈良の次の滞在先となった沖縄の海をバックに。こんな場所で原稿を書けば、臨場感溢れる表現になるのは間違いなさそう。

ガイドブックには載ってない話を聞くことができる

PDS 奈良のバージョンを拝見すると、ページが複数あるじゃないですか。あのラインナップはどうやって決めてるんですか?

成瀬 関係性ですね。僕たちがガイドをつくりたいところに1軒ずつ話しに行って、受けてくださるところから順番に掲載しています。だから、これから結構増えていきます。僕たちが勝手につくるのではなく取材先と提携して、彼らにインタビューしながらつくっていくのを大切にしてるので。

PDS 観光地の方々だから、当然これまでも既存の旅メディアから取材を受けてますよね。そういうメディアと、成瀬さんたちに話を聞いてもらうことの違いってあるんですか?

成瀬 異なる体験だと思いますね。毎回言われるのが、「普通の取材ではここまでの話はしないよね」というところまで話してくださることが多いです。ほとんどのメディアは、そんなに詳しくインタビューするわけじゃないんです。でもご住職や宮司さんたちはその場所を誇りに思っているので、みんなに伝えたい、知ってほしい。だから聞けば聞いただけ話してくれるんです。結果、ガイドブックには載ってない話を聞くことができる。

PDS 普通のメディアだと期限が決まってるから、例えば奈良特集は2泊3日で取材しなきゃいけないのでスケジュールも決まってて、このお寺は15分で取材終わり、また来ますってことはないわけですね。でも成瀬さんたちはバンでずっとそこに滞在してるから、今日はもう時間がないけど、その面白い話の続きを聞きにまた明日来ようとか、わかんないことがあったから明日もう1回聞かせてよ、的な話ができるわけですね。

成瀬 そうです。さわりだけだとありきたりな話なんだけれども、通ってるとまったく違うところから話が膨らんでいったりして、そっちのほうが面白かったりする。面白かったのは、西大寺というお寺にはメールがないんですね。だからやりとりはファクスなんですけど、僕らにはファクスがないんで、直接届けに行くしかなくて、原稿ができたら届けに行くという生のやりとりを繰り返してました。

 

PDS 昔の作家先生ですね、「山の上ホテルに来い」みたいな。

成瀬 昔はそうだったわけじゃないですか。もちろん非効率的ではあるけど、ガイドをつくるうえではそれによって面白い話が聞けたりするんで、コンテンツがぐっと面白くなっていくのはありますね。

PDS じゃあ、あっちのお寺のガイドが始まったらそれを見て、うちもやってほしいというふうにお声がかかったり?

成瀬 最近増えてきましたね。

PDS それこそコミュニティ型だからこそ。

成瀬 そうなんです。まさにおっしゃるとおりで。

PDS 取材を受けたお寺やお店から、その隣のお店を紹介されるということもあるわけですよね。

成瀬 あります。最初お願いしたときには「検討します」って言われてたところから後日連絡をいただいて、「ぜひうちもやってほしい」ってお願いされることが増えてきました。

PDS ところで、ON THE TRIPでは、取材先に対してどういうふうに聞いていくんですか?

成瀬 その場所によって違います。本当にそれぞれなんですが、僕らが大事にしてるのは、ストーリーラインをつくっていくことと、彼らが本当に伝えたいワンメッセージが何かということを徹底的に追求することです。

PDS 取材先と取材先との距離感はばらばらだったりしますよね。で、旅人たちの導線を考えながら取材します? そうじゃなくて、個別にしっかり点があればいいという感覚なんですか?

成瀬 現状はまだ点ですね。ただおっしゃるように、点をつなげていくことはこれから絶対必要です。それを実は京都でやろうと思っていて、京都市と提携して来月ぐらいから面白い施策をスタートする予定です。旅人たちの導線を考えて、例えば京都駅に誰でも持っていけるチケット型のポスターをずらっと並べて、それを何枚か持ってこういう順番で巡っていくといい、というような仕掛けをつくっていくことも考えています。ユーザーにとっては、ひとつの地域でガイドがたくさんあるほうがいいんですよね。建仁寺はこうだったけど仁和寺はこうというように、比較ができて面白くなる。

温泉やサウナで毎日入浴することはできるとはいえ、狭いバンでの生活ではやはり匂いに敏感になりがち。成瀬さんはもともと香りに興味があったそうで、ボディスプレーを常に持ち歩いている。最近のお気に入りが、オーストラリア発のイソップの「ボディスプレー 14」。11種類の上質なエッセンシャルオイルを配合したリフレッシュ効果の高い逸品だ。
温泉やサウナで毎日入浴することはできるとはいえ、狭いバンでの生活ではやはり匂いに敏感になりがち。成瀬さんはもともと香りに興味があったそうで、ボディスプレーを常に持ち歩いている。最近のお気に入りが、オーストラリア発のイソップの「ボディスプレー 14」。11種類の上質なエッセンシャルオイルを配合したリフレッシュ効果の高い逸品だ。

見えない大切なものを掘り起こして
ひとつのかたちにして伝えていくことが僕らの役割

PDS そういう深い部分を比較したいと思ってる旅人が増えている感覚はありますか?

成瀬 もちろん写真だけ撮りに行きたい人たちもいれば、もっとディープに知りたい人たちもいますが、僕の肌感覚では、より深く知りたい人たちが増えてきてるのは感じます。

PDS そういう方が増えたときに、ON THE TRIPによる施設側のメリットは、入場料とガイド料金以外にもあったりするんですか?

成瀬 ありますね。根本的にはお寺や神社は、その価値や物語を伝えたい、知ってほしいんです。行って写真撮って終わりも別にいいんですけど、どうせならどういう想いでやってるのかを伝えたい。だから僕たちのサービスを通じてそれが伝わっていくこと、それが彼らにとってはいちばん大きいですね。

PDS 自分たちが知ってることをほかの人にももっと知ってほしい、伝えたいというのは、みんな普遍的にもってる感覚なんですかね?

成瀬 だと思いますね。伝えたい物語って、ほとんどのものが目に見えないじゃないですか。さっきのモビリティとコミュニティの話もそうですが、いまの若い人たちは、目に見えないものを大切にする人が増えている気がします。例えばお寺の人たちとよく話すんですけど、風は目に見えないけど、何かが揺れると風があるというのに気づくし、「気が合う」「空気が合う」とか言う。でも気って、行かないとわからないし、直接会わないとわかんない。でも、それってすごい大事。メールだけだとわかんないけど、行って会うことでわかることもあったりして。そんな目に見えない、大切なものを知りたいという若い人たちが増えてきてると僕は思います。

PDS そういう人たちが気づき、知ることができるきっかけになればいいと。

成瀬 はい。普段は通り過ぎて、何のことかよくわかんないけど、実はここには目に見えない深い物語があって、それを目に見えるように、耳で聴けるようにして伝えることで、その価値を知るきっかけになる。その目に見えない大切なものを掘り起こして、ひとつのかたちにして伝えていくことが僕らの役割だと考えています。

PDS いままでそこまで凝ったガイドはなかなかなかったですよね。しかもそれが現地でのリアルな体験と連動することは、誰も手がけてこなかったわけです。それをゼロからつくっていくには、それなりに難しい部分があったと思うんですけど、苦労はありましたか?

成瀬 いっぱいありますね。ガイドづくりでいうと、ワンメッセージ、ワンコンセプトへと絞り込んで行く作業とか、物語にしていくプロセスとか、旅人たちに支持される企画を考えることは難しいですね。だから、そこは時間がかかります。これは自戒も込めて言いますが、こたつ記事って言われてた、そこに行かずにオフィスでまとめたような記事がありますよね。それはそれで需要があるんでいいんですけど、僕たちはその場所と連動したコンテンツをつくっていきたいんで、当然僕たちはそこにいないといけない。僕たちが実際に滞在して、僕たち自身が楽しまないといけないし、心から楽しいと思うものつくっていくには、やっぱり1、2日じゃできないですよね。深く知ろうと思えば思うほど、滞在が1カ月、2カ月になっていく。その結果がコンテンツの面白さになってくるんです。

移動の多い毎日を過ごす成瀬さん。それだけに持ち物の管理も達人級だ。基本的にはどこに行くにもこの11lサイズのポーターのバッグに、パソコンとTシャツとパンツを各4枚、加えて年間400回は入るという大好きなサウナや温泉のためのお風呂グッズを詰め込んでいるとか。「これさえあれば生きていけます」。
移動の多い毎日を過ごす成瀬さん。それだけに持ち物の管理も達人級だ。基本的にはどこに行くにもこの11lサイズのポーターのバッグに、パソコンとTシャツとパンツを各4枚、加えて年間400回は入るという大好きなサウナや温泉のためのお風呂グッズを詰め込んでいるとか。「これさえあれば生きていけます」。

その場所に行くことの体験価値は変わらない

PDS ガイドをいくつか購入して体験したんですけど、無料と有料のものがあって、有料版もものによって価格が違いますよね。これはコンテンツの本数の違いなんですか? それとも別の理由があるんですか?

成瀬 基本的に無料のものは、自治体から依頼されてガイドをつくっているものです。最近出した富士山のガイドは無料ですけど、めちゃくちゃ長いんですよ。でも、それは富士吉田市がスポンサーになっているから無料なんです。有料のものは、お寺や神社にパートナーになってもらい、彼らと一緒につくっていくものです。価格の違いは容量の違いによるところが大きいですね。

PDS ON THE TRIPの価格には何段階かありますが、旅人がその場所をよりよく知るためにはここまでなら払うという額って、どうやって算出するんですか?

成瀬 正直わかんないですが、慣習的なところもありますね。美術館のオーディオガイドってだいたい500円なので、そんな感じとか……。いまのぼくらのフェーズって立ち上げて間もなくて、こういうオーディオガイドがあること自体、ほとんどの人が知らないわけじゃないですか。だから普通の人が払いやすい、ほかと比べて差を感じない金額で価格設定はしています。ただ、やりながら変わっていくだろうなとも思います。

PDS そのフェーズにもすごい興味があります。いまはモバイルじゃないですか。これが今後ウェアラブルになるのか、AR(拡張現実)になるのかという流れがありますよね。それによって変わる次世代の体験って、成瀬さんはどのへんまで描いてるんですか?

成瀬 そうですね。結局モバイル、ウェアラブル、ARって、プラットフォームの違いで、表現の方法はそれぞれのプラットフォームに最適化が必要ですが、その場所に根づく物語は変わらない。僕らがやる、目に見えなかった物語を可視化していくことに変わりはないんです。ただ、近未来的な話でコンタクトレンズがスマホに代わるものになると言われているように、より体に近いデバイスになると思うんですね。そのときに旅の体験は大きく変わると思います。

PDS どう変わるんでしょうか?

成瀬 例えばデバイスを装着してヴェルサイユ宮殿内に入ると、マリー・アントワネットが耳元でいきなり語りかけ始めて、右に曲がれと言われて行ってみたら「ここが私の寝室だったの」みたいな。あるいは目の前にマリー・アントワネットがぴゅっと出てきて、当時の生活の様子が描かれるかもしれない。また実際には1年に1回しか開かない扉の奥も、デバイスでは扉が開いてるシーンが見えるとか。これは5年後の話です。ただ根本的なことで言うと、VR(仮想現実)でその場所に行かなくても体験できるといわれてますが、僕はデジタルが増えてもその場所に行くことの体験価値は変わらないと思ってるんです。なので、リアルとバーチャルをミックスしたそこでしか体験できないMR(複合現実)的なものになることで、旅の体験が変わっていくんですが、そういったところまでやっていきたいですね。

PDS そんな旅の体験が近い将来できるのって、いまからワクワクしますね。

成瀬 でもそのときコンテンツ提供側で大事なのって、結局その場所の物語をいくつもってるか、あるいはその場所との関係性がどのぐらいあるかだと思うんですよ。そのときになってからやったところで遅い。いまはモバイルがいちばん届けやすい手法なので、映像と音声で伝えていますが、僕らのミッションはオーディオガイドをつくることではありません。だからデバイスが何であろうと、僕らは現地に滞在し生活して、人々と深く交流しながら、目に見えない物語をしっかり可視化して体験をつくっていくということにフォーカスし続けていきたいと思っています。

PDS 例えばテクニカルな部分、プラットフォームがどこまで進化するかというところは、御社のマターではなくて、御社はその進化に合わせて最適なコンテンツをつくっていくということですね。

成瀬 そうですね。僕らはまだARをつくっていません。でも、テクノロジーの普及は予想がつかないので、それによって新しい体験が本当に面白くてみんなに届けなくてはならないと思ったら、チャレンジします。プラットフォームに合わせて、コンテンツを最適化させていこうと思っています。

現在は伊勢に滞在しているバン。そこから上京して東京での業務や今回の取材をこなし、わずか2日間の滞在ののち、外務省のプログラムに招聘されてイスラエルに赴くという成瀬さん。なお、バンは7月29日(日)より新潟・越後妻有にて開催される『大地の芸術祭』のメイン会場、キナーレの駐車場に会期中ずっと展示されることになっており、成瀬さんも滞在するという。
現在は伊勢に滞在しているバン。そこから上京して東京での業務や今回の取材をこなし、わずか2日間の滞在ののち、外務省のプログラムに招聘されてイスラエルに赴くという成瀬さん。なお、バンは7月29日(日)より新潟・越後妻有にて開催される『大地の芸術祭』のメイン会場、キナーレの駐車場に会期中ずっと展示されることになっており、成瀬さんも滞在するという。