Plan・Do・See(PDS) 次に、東京都の各家庭に1冊ずつ配布された防災ブック「東京防災」を榊さんが手がけられたということで、詳しくお伺いしたいです!

 「東京防災」は、はじめ話を聞いたときに、これは絶対自分がやらなくちゃいけないと直感的に思ったんです。もちろん公的な仕事なので、コンペを勝ちあがらなきゃいけなかったんですけど。社内でアナウンスがでたときに、コンペは僕に任せてほしいと名乗り出ました。

PDS どうして「絶対に自分が」と思ったんですか?

 僕は兵庫県出身で阪神・淡路大震災を経験しているんです。それで、あの震災の被害の実情を知っているというのが大きな理由でした。

PDS そうだったんですね。中学生くらいの時ですか?

 中学校2年のときですね。僕は山の上の方に住んでいたので、結構揺れて家のなかがぐちゃぐちゃになって。命を失ったり怪我したりということはなかったんですけど、山を降りて様子を見に行ったら、いつも見ている景色とはまったく違う世界が広がっていました。高層ビルが横倒しになっていたり、橋が壊れていたり、木造の家がほとんどなくなってしまっていたり……。

PDS いまほど地震に対する意識がなかった時代なので、被害も相当でしたよね。

 そういうリアルな原体験、フィジカルな原体験が自分にはあった。それと、「東京防災」のコンペがきた頃には、ビジュアライズやデザインの力で世の中をもっと変えられるんじゃないかという思いが芽生えていた頃だったんです。

PDS なるほど。

 そこで、行政から送られてくる冊子の地味さをどうにかしたいと思いました。

PDS 行政の配布物ってなかなか手に取って読もうと思いづらいですよね……。

 市民の税金が使われているのに残念なものも多いですよね。しかも、この件に関しては防災という大事な情報なわけですし。なんとか自分の持っているアイデアやデザインの力で、皆さんに読んでもらえるものにならないかなと思いました。

PDS 確かに、自分の住んでいる地域の避難場所が分からない人が多いという問題が東日本大震災の際に浮き彫りになりましたね。

 その通りです。「東京防災」の話がきたときに、ぱっとアイデアが直感で浮かんだんです。それでテキストベースの企画書を社内の決定者に持っていったところ、担当に任命してもらえることになりました。

PDS 作るにあたって苦労したことなどありましたか?

 企画書は全部自分で作ったんですが、行政に対してのプレゼンテーションはページ数やフォントなど指定されたルールがあるんです。

PDS そうですよね。

 例えば黄色と黒というカラーの組み合わせであるとか、なぜサイというキャラクターを用いるのか、本文の構成など細部に至るまで、なぜそうすべきなのかというのをみっちり書いたんです。

PDS そういう資料って今も取ってあるんですか?

 取ってありますよ。

PDS えー見たいなあ(笑)

 残念ながらお見せできません(笑)。規定があるなかで説明するのは、普段のように一枚につきヴィジュアルを一つ載せて説明をつけながら何枚も用いる企画書とは違うやり方になるので、なかなか難しかったです。

PDS ちなみに先ほど話に出た黄色と黒の組み合わせはなぜだったんですか?

 視覚的に遠くからでも最も目立つからというのと、国際的にエマージェンシーカラーとして用いられるからです。要は、僕がやったのは、グラフィックデザインやエディトリアルデザインではなくて、体験設計、体験のデザインだったんです。「東京防災」でグッドデザイン賞をいただいたんですが、評価されたのはそこの部分だと思っています。

PDS なるほどー!

 まずはじめに考えたのは、読んでもらうためのデザインではなく、むしろ捨てられないためのデザインだったんです。つまり、ポストに入って、皆さんが手に取ったときに、そのまま読まずに捨てられることがないようにするにはどうすればいいかと考えたんです。

PDS 興味を持って読みたくなるようにすると。

 本を開きたくなる表紙はどうデザインすればいいか。そして次のページを読み進めたくなるようなレイアウトや文字の量をどうすればいいか。そういった設計でした。ポストから家に持って帰ってもらって、家で読んで、さらにアクションを起こしてもらうためにはどうすればいいか。

PDS なるほど。

 それで、最初のページで「30年以内に70%の確率で発生すると予測されている、首都直下地震。あなたは、その準備ができていますか。」という一文で引き込んで、次のページで「今やろう。」と大きく載せる。

PDS たしかに振り返ってみるとインパクトがありましたね。

 そして、震災が起こってから何が起き続けるのか、そのときどう対処すればいいのか、そういったタイムラインを作りました。

PDS 思い返すと、読み進めていくほど自分が実際に震災の真っ只中にいて、どうすればいいのかその場で教えてもらっているような感覚になって、どんどん内容に引き込まれました。

 後ろから読む人は漫画から始まるようになっている。あるいは、パラパラめくるとパラパラ漫画がついている。そういう様々な細かい工夫を凝らしました。また、そういった意図が完璧に伝わるようにカンプを事細かに書いたんです。だから、カンプの内容と最終的に実際に出来上がったものが丸っきり一緒になるくらい、カンプを完璧にしたんですよ。

PDS そこがぜひ見たいですね〜!

 公開できないんです(笑)

PDS やっぱり(笑)。残念! でも確かに、上長やクライアントの要望を取り入れていくに従って、コンセプトや内容がズレてしまって、結果的に平凡なものが出来上がるということはよくあることですよね。

 そうですね。行政に限らず、上の立場にいる人ほど確認する時間がなくなっていってしまうので、そういった可能性が増えていきますよね。だから、いかに端的に正確に伝えるかが大事ですね。

>>>【4】世の中の課題を可視化する につづく