Plan・Do・See(以下PDS)  現状、統計学はビジネスシーンでどのように活用されているのでしょうか?

西内 まず、1990年代に「エビデンスベースドメディスン」という言葉が生まれました。医療現場で効果があるとされていた薬のいくつかが、統計解析の結果、効いていなかったことがわかったんです。すると、いくら生物学的なロジックで正しかろうが、医療行為の効果を計るためにはデータを取る必要があると認識されるようになりました。

PDS いまビジネスの現場でもエビデンスというワードを使うようになっていますが、医学の現場から来た言葉だったんですね。

西内 そうなんです。2000年に入ると、エビデンスの重要性が教育や政治、いわゆるエリートと呼ばれる経営者やマネージャーに広がっていきました。ビジネスマンにとって、一般的にエビデンスは覚え書きや契約書のような「証拠」と解釈されていると思うのですが、専門家は違う意味で使うんです。

PDS えっ!? そんな意味で使っていました……。

西内 そうですよね。統計学の世界では「膨大な量のデータを分析した結果」とか「ランダムな一部に対して実験して、それ以外と比較した結果」という意味で使われています。そして、それらのデータの応用は専門家だけのものではなくなりつつあります。アメリカの医療の世界だとエビデンスに基づかない治療というのは、訴訟を起こされてもおかしくありませんが、いずれはそうしたことがビジネスシーンにも言えるようになってくるでしょう。

PDS 具体的にどんな事例があるのでしょうか。

西内 例えば、会議で「生産性を上げるために金銭的なインセンティブを設定した方がいいのではないか」という提案に対して「内発的な動機が失われてしまうから、表彰状くらいにとどめておくのがいい」と反論が出ることがあったとします。しかし、何十年にもわたる統計の結果、金銭的なインセンティブを出した方が圧倒的に効果があることがわかっているんです。

PDS そうなんですね! どちらの意見も理解できますがちゃんと裏付けとなるデータがあるんですね。

PDS ちなみに、個人の成績ではなくチームの成績を報酬の評価対象にすると、より効果が得られることまでわかっています。個人では足の引っ張り合いや、自分の利益になる仕事以外はサボってしまう可能性が高いからとも考えられるでしょう。こうしたエビデンスを知っていれば、「では、とりあえずエビデンスのある方法を採用してみましょう」と話がすんなり進みますよね。

PDS なるほど。具体的にエビデンスに則って判断した結果、経営に好影響を及ぼすことが多く、そのためエビデンスが大切というわけですね。

西内 これからは、経営層がデータを分析まで出来ずとも、分析結果からインサイトを読み解いて経営判断をしていく素質が求められるようになるのではないかと思っています。最近、「市民データサイエンス」という言葉が出てきて、専門家でなくてもデータを活用できるように技術のサポートをしていこうというものなんですが、私たちがこれまでやってきたことの価値が社会でも認められるようになってきました。

PDS エビデンスの重要性については理解できたんですが、一方で経験や勘を大事にしている人もいますが、このあたりはどうなんでしょう?

西内 向き不向きはあると思います。ですが、社内で成功事例が出てくると、経験を頼りにしてきた人たちの見方が変わることはよくありますね。勘というのは経験によって生み出される無意識の知恵です。ただ一人の勘は活用しにくいですが100人の勘があればいい。つまりこれが「データ」というわけです。

PDS  それこそ、クリエイティブと呼ばれる職種では個人の経験と勘が重視されている様に思いますが、そこにデータの概念が加われば、また新しいものができそうですね。私たちも勘に頼ることが多い気がしますが、統計学を取り入れたサービスを考えていく必要性がありそうです。

西内 いきなりデータサイエンスから取り組まずとも、まずはエビデンスの知識を増やし、試してみるといいかもしれません。例えば、あなたが経営しているレストランでおすすめしたいワインが2つあったとしましょう。片方は一本3800円、もう片方は7600円だったとすれば、多くの人は安い方を選ぶかもしれませんが、高い方を売るためにはどうすればいいか。1万円以上のさらに高いワインをメニューに載せるだけで、「真ん中」になった7600円のワインがよく売れるようになるという実験があります。

PDS  なるほど! 相対的に見ると松の値段も安く見えるので、買ってしまう人が増えるというのもわかりますね。

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