【4】画材の職人にちゃんと還元できる場がないといけない
Plan・Do・See(PDS) 「PIGMENT TOKYO」(以下、「PIGMENT」)の館長になったのはどういう経緯なんですか?
岩泉 博士過程を修了してすぐの、29歳のときですね。社会経験といえばアルバイトくらいで、右も左もわからないポスドクがいきなり館長に任命されてという状態でした。
PDS 運営している寺田倉庫さんからオファーが?
岩泉 お世話になっていたゼミの先生が「PIGMENT」の立ち上げに関わっていた経緯でお声がけいただいたんです。もともと、寺田倉庫は美術品の保管をしていまして、代表が絵画の道具について調査していた際に、職人現場の大変さを目の当たりにして。職人さんにしっかりと還元できるような、良い物がちゃんとフィーチャーされるような場所を作ろうというのがきっかけです。
PDS 現場の大変さというのを詳しく教えてもらえますか?
岩泉 例えば、和紙を作っている現場。職人はおばあちゃんが多くて、しかも和紙づくりは冬場の仕事なんです。
PDS 冬限定なんですか?
岩泉 暖かい所だと雑菌が繁殖したり、原料の締まりが悪くなったりしてしまうので、基本的に冬場しかできないんです。しかも大変な工程を踏んだものでも大した値段にならないし、文化的にも注目を浴びることもほとんどない。
PDS 和紙の現場がそんなことになっていると知らなかったです…。
岩泉 それと、いま一番問題なのは和紙を漉くための簀桁(すけた)と呼ばれる道具を作っている人が日本で一人しかいないんです。
PDS えっ! 一人なんですか?
岩泉 伝統的な簀桁は竹ひごで作るものなんですが、高知に一人だけ。もう後継者もいないし、誰かに継がせたくてもそれを勧められないのが現状なんです。そういったことが、日本の道具を作る多くの現場で起こっていて、それをどうにかしなければと生まれたのが「PIGMENT」なんです。
PDS それで先生から話があった?
岩泉 そうですね。住居が変わるというのもあり、色々悩みました。京都造形芸術大学の非常勤講師の話も来ていたので、最終的に非常勤をやりながらでもよければ、ということで引き受けました。そういうわけで今も講師も続けながら館長もやっているという働き方ですね。
PDS いまはどのくらいのペースで講義をしているんですか?
岩泉 週1~2日は京都ですね。毎週行き来をしています。
PDS 岩泉さんは本当に研究がお好きなんですね。
岩泉 最近つくづく思うのは、高校の成績もオール3だったようなふつうの人間が、いま一番勉強してるわけですよ。勉強するのが楽しい。それがなぜか考えたら、やっぱり核にあるのは「アート」なんだなっていう。
PDS なるほど。
岩泉 「アート=絵を描く」という先入観念が特に日本は強すぎると思います。よくよく考えてみたら、実はみなさんが使っている文字だって元々絵なんです。象形文字とか壁画もそうで、絵がどんどん抽象化されたものが漢字だったりアルファベットだったりするわけで。
PDS 文化の原点と言えると。
岩泉 それなのに、美術って学校教育での肩身が狭い。絵画ひとつとってもそこから5科目を学ぶことができるんです。たとえば、絵画の構図から数学的美を追求した黄金比を学べたり、絵の具を混ぜて色をつくるのは化学の世界。それに、絵の具がどうやって作られてきたのかを調べようと思ったら歴史学だし、政治的背景や宗教を扱った絵画もあるので社会学、宗教学も関わってくる。だから、アートというのは単に絵を描くことだけじゃなくて、あらゆる分野と結びつけられる存在なんです。
PDS なるほど…。小学校や中学校の頃に美術の授業でいまのような話があったら、全然見方が変わっていたなあ。
岩泉 ですよね。僕がそういう結論に至ったのは、結局ゲームかなって思っちゃいますね。ゲームで漢字がわからなかったら調べようってなる。あるいは、どういう風に組み立ててやっていけばあの敵は倒せるとか、ここは進めるとか戦略を練らなきゃいけない。ゲームはビジュアルを使った頭の体操ですから。あとは調べる好奇心というのもある。
PDS どこに行ったらいいのかとか、どのキャラに話しかけたらいいのかとか。
岩泉 そうそう。昔は攻略サイトなんてなくて攻略本しかなかった。しかも、たまに書いてあること間違っていたりする(笑)。僕が扱っている技法書と全く同じですよ。
PDS 研究なさっていることを今後文献にまとめる予定はありますか?
岩泉 考えています。最近、本を書けってみんなに言われているので、そろそろ動かなきゃという感じですね。
PDS ぜひ次の世代に残してもらわないと! 美術の先生にそういう教え方してもらえればもっと美術が好きになってたのに!(笑)。岩泉さん、本日はとても面白いお話をありがとうございました!