【1】画材の複合施設

Plan・Do・See(PDS) 「PIGMENT TOKYO」(以下、「PIGMENT」)に入った瞬間、壁一面の顔料が目に飛び込んできました。すごいですね! 思わずカメラを取り出しちゃいました。

岩泉 ありがとうございます。自由に写真を撮って楽しんでもらえるようにしています。いまではインスタによく投稿されていますね。

PDS たしかに「映える」壁ですね。何色ぐらいあるんですか?

岩泉 岩絵具と呼ばれる岩を砕いてできた天然の顔料をはじめ、4500色ほどあります。

PDS 色の数ってそんなにあるんですね。

岩泉 まだまだありますよ。

PDS 買いにくるお客さんはどんな方なんでしょう?

岩泉 プロの作家の方もいらっしゃいますが、外国人の方もかなり多いですね。海外メディアに取り上げられたことや、SNSで情報を発信していることが大きいかもしれません。羽田空港が近いこともあり、どうやら海外の方にとって観光スポットの一つとして認識されていることも多いようです。いまやタクシーの運転手さんにも「PIGMENTまで」と言えば通じるくらい。あと、店頭での英語対応に力を入れているのも要因ですね。

PDS へえ~! すごいですね。岩泉さんはここではどういう立場でお仕事をなさっているのでしょうか?

岩泉 僕はここの館長を務めています。他にも、京都造形芸術大学で日本画の講師をしつつ、作家としても自分の作品制作をしているという状況です。

PDS それにしても、見たこともないような珍しい道具や、画材の種類も豊富にありますね!

岩泉 ただ物をなんでもかんでも売っているわけではなくて、良質かつ希少なものとか、もしくは最新のものでアーティストが使えるようなものを、値段に関わらずセレクトして置いています。

PDS 「PIGMENT」は画材屋さんということでいいのでしょうか?

岩泉 「PIGMENT」は画材にまつわる複合施設として「ラボ」、「ショップ」、「ミュージアム」、「ワークショップ」、の4つの機能をもって運営しています。

PDS それぞれどんな役割をしているのでしょう?

岩泉 掛け軸が並んでいる所が「ミュージアム」にあたります。ここでは掛け軸を作るための工程や使われる素材の説明をしています。「ワークショップ」は、主に一般の方を対象に週末や平日の夜に開催して、画材の使い方についてレクチャーしています。そして「ラボ」は画材に関する研究や、作品を展示する際に必要な知識を得るための活動です。なので、「物を売る」というよりは、「経験・知識・技術を売る」ということを重視しています。

PDS なぜそのような形になったんですか?

岩泉 本来物を売る人って、すごく商品に詳しかったと思うんです。特に画材屋さんなんてそれこそ無愛想なおじいちゃんがいて、一見さんお断りの雰囲気を出して、最初はすごく入りにくいみたいな (笑)

でも何回か通っていくうちに、だんだん認められて仲良くなって、色々なことを教えてくれるようになる。実は学校の先生たちよりも、お店の方のほうが画材に詳しかったりするんです。扱っているものの知識はちゃんと身につけていないと、お客さんとはいえ売らないという信念がある。すると知識を持った人たちが自然と集まるようになるので、情報の集約地点になっていくんです。

PDS 物を売る場所が自然とコミュニティ化していくんですね。

岩泉 いまの世の中、良くも悪くもインターネットが普及して、しかも薄利多売な世界になってどんどん値段勝負になってしまう。そうなると、知識や経験のない人にとっては一本100円の絵の具と一本1000円の絵の具がパソコンの画面に並んでいても、違いがわからないと思うんです。見た目は全く一緒ですから。僕らとしてはそういったところを打開したい。実際に物を作っている職人さんたちに還元したいというリスペクトは、結果として作家である自分たちにもかえってくるわけですし。作家は彼らがいないと何も生み出せないし、やっぱり文化としても受け継がれるべきものが無くなっていってしまう、衰退していってしまうのは見直したい。

PDS 岩泉さん自身も京都の画材屋さんによく行かれていたということですよね。

岩泉 そうですね。僕は博士課程を含めた大学時代の9年間、ずっと京都にいました。一番仲良くさせてもらっていたのは、奈良にある老舗の文房四宝店※です。もう6代目だから江戸時代からあるのかな。
(※文房四宝とは筆・墨・硯・紙を指す言葉)

PDS 京都から奈良まで買いに行くんですか?

岩泉 そうです。墨と硯(すずり)に関しては奈良が一番。僕は当時、日本画を専攻していて、墨を使った絵を描きたかったんですけど、何を買っていいかわからなくて。でも、ちゃんとしたものはあった方がいいだろうと先生に相談したら「あそこに行ってこい」と。先生からの紹介とはいえ、最初は「若造が来た」ぐらいにしか思われてなかった。でもめげずに足を運んでいると、だんだんと「これも触ってみな」とか「売らないけど触らせてあげる」となって、値段のつけられない骨董品のような硯が出てきたり。そして最終的にはお昼ご飯をごちそうになったりも(笑)

PDS えー! ランチつき?

岩泉 「弁当食うか?」って(笑)。それと、お店で一番いい硯を触らせて貰っていたのもありがたいですね。硯は青天井なんですよ。硯ひとつで高級車とか買えますから。本当に高価なものになると、美術品的価値や骨董的価値が入ってくるので億を超えるものまであります。実用的価値で言うと、数十万出せば高品質のものが買えますよ。

中国の端渓と呼ばれる地域で産出された硯。現在は閉山され、希少性が増している貴重な一点。
中国の端渓と呼ばれる地域で産出された硯。現在は閉山され、希少性が増している貴重な一点。

>>>【2】何もわからずに飛び込んだ日本画の世界 につづく