Plan・Do・See(PDS) 今回は、榊さんの仕事の中でも大きなインパクトのある二つ、OPEN MEALSと東京防災についてじっくりお話を伺いたいです。

SXSWで話題を集めたOPEN MEALSの「寿司テレポーテーション」
SXSWで話題を集めたOPEN MEALSの「寿司テレポーテーション」

 わかりました。どこからお話しましょうか?

PDS では、まずOPEN MEALSが立ち上がるきっかけは何だったんですか?

 僕はもともとアートディレクター(AD)でした。はじめは紙のなかだけのアートディレクションだったのが、空間、映像、イベントのプロデュースと、だんだん活動の幅が広がっていきました。そうして領域を拡大していくに従いビジネスの大元から提案していったほうがいいのではと思うようになって、企画書を書き始めるようになったんです。

PDS 企画書まで!

 通常、グラフィックの企画をクライアントに提案するときは、ビジュアルをベースとしたカンプ数枚で伝えることが多いのですが、それだとあまり理解が深まらず、コンペの通りが悪かったりするんです。なので、例えばなぜこの色を使うのかとか、いまの社会状況を踏まえてこうしたアプローチをすべきだ、という戦略的な切り口で企画書を書くようになったんです。こうしたスタイルに変えてから、現場レベルだけでなく上層部の方に説明するときにも企画がよく通るようになりましたね。

PDS コツがわかってきたんですね。

 ADって基本的に感覚的にやっているように見えて、クライアントの課題や世の中の状況を頭の中で編集しなきゃいけない。考えた戦略を言語化して、デザインで説明できるというのが大事なんです。

PDS 確かに優秀なADはめちゃくちゃロジカルな方が多いですもんね。

 そうこうしているうちに、電通の社内でコミュニケーションプランニングセンターという、ソリューションニュートラルで世の中の課題を解決するための新しい部署が立ち上がり、そこに呼ばれることに。その部署内のコンペに出た際に思いついたのが、データ化した“食”を転送してプリンターで出力するという、OPEN MEALSのコンセプトというわけです。

PDS ここでOPEN MEALSの原点が生まれたんですね!

 発想のもとになったのはCMYKです。これはデザインや印刷の現場で使われる、シアン・マゼンタ・イエロー・ブラックの4色から成っているもので、世の中にある印刷物の多くはこの4色の掛け合わせで再現されています。

PDS それを食でもやろうと。

 その通りです。料理の味も、甘い・酸っぱい・辛い・苦い、それと旨みという五味に分解できると考えられています。

PDS SSSB (Salty:塩味、Sour:酸味、Sweet:甘味、Bitter苦味)とも呼ばれていますよね。

 であれば、CMYKのように味を分解してインクのカードリッジのようなものに充填すると、さまざまな味を「印刷=再現」できるんじゃないかと考えたんです。「面白そう」という単純な発想からスタートしました。

PDS こうした画期的なアイデアは社会課題から起こることも多いですが、それよりも榊さんご自身の興味から生まれてきたものなんですね。

 そうですね。結果、コンペで二位になって、賞金でまずエディブルプリンターを買って研究をはじめました。インクのカートリッジ部分に調味料を入れて、食べられる大豆ペーパーにプリントすれば、配分を変えて美味しくすることもできそうだなと。ただ、料理を転送するとなると、元の料理をスキャンしてデータ化しなきゃいけない。リサーチをかけてみると、九州大学の都甲潔先生が人間が舌で感じる味覚をデータ化するという味覚センサーの研究をされていたんです。

PDS へえー! 面白い!

 味覚センサーはすでに特許を取得済みで、発売もされています。大手の食品メーカーにはもう導入されているみたいです。紫綬褒章も受章なさっているような高名な先生なんですけど、アイデアをお話したら「君面白いねえ」と言ってもらえて。

PDS そんなすごい先生に気に入られたんですね!

 それで都甲先生の研究で使われているハードの製造会社やデータを管理している会社を紹介していただいて。そうやって色々な人と話していくうちに、皆さんノリノリで、このプロジェクトには可能性があるんだなと気づいたんです。

PDS 味のデータ化の次はどういった方向に進んでいったんですか?

 次に考えたのは、平面の紙ではなく3Dプリンターを使えば、本物の料理が再現できるんじゃないかなと。そこでまたリサーチをかけてみると、山形大学の古川英光先生が柔らかいゲルをつかった3Dプリンターの研究を行っていたので、これは何かきっかけをつくれないかと、またアポを取って山形に行きました。

PDS すごい行動力ですね!

 古川先生は臓器や柔らかい素材の3Dプリンティングの可能性を模索していたんですが、食べ物も研究テーマのひとつにあったそうで、「ぜひ一緒にやりましょう」と。

PDS おおー!

 あとは、海外で同じようなことをやっている人がいないかリサーチをかけました。

PDS いたんですか?

 3Dプリンターで食べ物を作ろうとしている人は結構います。ただ、転送しようという発想を持っている人は、僕が調べた限りではいなかった。それで、転送というのは新しい概念なんだなと気づいたんですが、コンペの賞金としてもらったお金がそこで尽きてしまって。

PDS ええ!

 今となってはお金の引き出し方を色々と学びましたが、当時の自分は、クライアントに提案して資本を調達する自主提案しか思いつかなかった。でも、それは自分のアイデアを対価にするということなので、自分がこのプロジェクトをやりましたと発表するのは本来はNGなんです。

PDS そうなんですね!

榊 それだと今までの受注の仕事と変わらないなと思って、自主提案には迷いがあった。とはいえお金もない。そんなときに、ちょうど社内にできたばかりの研究調査費の存在に気づいて。申請したら無事配当してもらって、予算の桁がふたつほど増えました。

PDS ふたつも!(笑)

榊 それで研究が続けられるようになった。ここまでは順調だったんです。

PDS え、ここまでは?

 社内でストップがかかったんです。

PDS ええ! 何でですか!?

 やっていることが食品という分野なので、純粋に広告から遠すぎて電通としてやるべきことなのか?という議論になったんです。あとは、「食の転送」というのがどれほどの未来になったら実現するのか?予算はどれほどかかるのか?いつ事業化できるのか?という課題もあって、途方もないから一回やめようかということになりました。

PDS あー…確かに…。企業である以上、利益は追求しなければいけませんからね。

>>>【2】「寿司テレポーテーション」の衝撃 につづく