Plan・Do・See(PDS) 水族館でのマーケティングというのは、具体的にどんな方法でやったんですか?
中村 お客さんがお金を払って、その後、どの水槽で何秒立ち止まって見て、次へどういう風に行くかを調べたんですよ。
PDS お客様が来館してチケットを買ってから、あとをつけるんですか?
中村 そう。そこで分かることが面白くって。お客さんは水槽のほうを平均すると5割も見てないんよね。
PDS ガーン。
中村 あと分かったことは、ほぼ全員のお客さんが1つ目の水槽を長いこと見ているんです。
PDS 確かに、入口のあたりって混んでますよね。
中村 お金を払ったばっかりやから、早く元を取りたい(笑)。それに加えて、水族館の中には何がいるか、どんな道筋になっているか、パッと分からないでしょう。動物園だと、キリンを見て、ゾウを見て、サルを見たらあとはええかぐらいのことになるんだけれど。
PDS うん、中も暗いですし。
中村 ということは、お客さんは何かの生き物を目指して来ているわけではないということやし、そこからいろんなことが分かる。
PDS なるほど。
中村 入口のところはやっぱり広くしておかないとダメとかね。建物の中に入ってすぐのこの大水槽は、横に長いでしょう?
PDS そうですね。
中村 水槽の前は大きな広場にしたんです。段差を付けているから、後ろからでもよく見えるので満足できる。そうすることで、たくさんのお客さんが入れるでしょ。お客さんをちゃんと見ることで、こうした発想を出しやすくなるんよね。
PDS 中村さんの発想って、動物園とか水族館の動線の考え方じゃなく、むしろ映画とか演劇とか舞台の緩急の付け方のように感じます。
中村 そうそう、そうなんです! 水槽は、たいてい入って2番目ぐらいのところに大きなものをガンッと置きます。クライマックスがまず、最初のほうにある。映画で言うたら、ジェームズ・ボンドの『007』方式やな。
PDS 最初の2〜3分でもうドキドキさせちゃう(笑)
中村 みんなそこで一発、満足度が来る。するとこの先、もっとすごいことがどこかにあるはずなんだっていうのが伝わるやん?
PDS 次はどこで来るんだろう?って思いながら見ることになりますよね。
頭の中にあるイメージに訴える
中村 そういう考え方でやっていくと、人気のある水槽と人気のない水槽というのが、生き物の差ではないのが分かったんです。
PDS えっ!?
中村 大きな水槽のほうが人気があるのは確かやけど、それは大きな魚がいるからとは違う。
PDS じゃあ、何だったんですか?
中村 大事なのは「いかに海に似ているか」っていうことでした。最初に取り組んだのは、色と明るさです。例えば、日本の海は緑色。群青の海って沖のほうに出ないとないんよね。だから、みんな青い海って本当は知らないんです。
PDS なるほどなぁ。
中村 川だって、草がいっぱい生えているから潜ると緑です。でも、みんなはブルーだと思っている。なぜそうかというと、きれいな水中写真や映像を見ているから、頭の中でみんなそうなっちゃってるのね。それと、上から見る海や湖って、空が映ってブルーになるから。
PDS ふむふむ。
中村 だから、水中はブルーやってみんな思い込んでいるの。それに反して、飼育スタッフが「海の色をちゃんと再現しましょう」って壁を緑色に塗ると、お客さんは全然面白くないわけ。
PDS 確かにそうなのかも。
中村 それから、水槽には偽の岩をたくさん作ります。そこに色を付けるとき、これまではサンゴの色を色とりどりにつけたりとか、岩を茶色く塗ったりしていた。そうしたところで、すごく偽物っぽくなる。
PDS 本物を忠実に再現しようとすると、かえって逆効果なんだ。
中村 俺はどうしているかというと、岩はブルーに塗ります。で、遠くの岩は黒に塗る。擬岩屋さんはすごく嫌がりますよ、「ディテールが分からなくなるじゃないですか」って。でも、そのほうが遠くにあるように見えるじゃない?
PDS あっ、遠近感を色で出しているんだ。
中村 そういうこと。あと、影になるところは、そこだけ先に黒を塗っておきます(笑)。そうしないと、水の中に入ると立体は「ベタッ」とするのが分かっているから。
PDS ベタッと?
中村 水槽の中っていうのは、光の屈折で奥行きが縮まるんですね。さら
PDS 面白いなぁ。
中村 そんな時に見たのが「オペラ座の怪人」だったんです。初めて見たオペラの舞台で、幕が開いたらもうビックリ。舞台って狭いはずやのに、すごい広く見える。そうなったら、もう劇そっちのけで。「なるほど、あんな風に下から光を当てるのか」とか、そんなところばっかり見て。
PDS (笑)
中村 その後、ミュージカルを3本ぐらい続けて見に行ったもんな。あれは面白かったよ、どれもストーリーは全然覚えてないけど。
PDS 舞台装置ばかり見て。
中村 その経験が、その後の展示手法でとても役立ったんですね。