Plan・Do・See(PDS) 魚が嫌いだった少年が、よく水族館に就職したな、という感想を持ったのですけれど?

中村 本当はメディア関係に行きたかったの。でも内定を貰えたのが教科書の会社で。「なんとなく違うけど、しゃあないな」って腐っていたとき、縁あって水族館に経営者側の人間として行けることになった。よく考えたら、水族館もメディアやんと思って。人に伝えるもんやんと思って。

PDS 一般にちゃんと開かれていますからね。

中村 そうなんです。成績も悪くて、よそに行くところもなかったし(笑)

サンシャイン水族館は、ビルの谷間にある都市型水族館。都会のオアシスとして時間帯ごとに多彩な層の来館者がある。
サンシャイン水族館は、ビルの谷間にある都市型水族館。都会のオアシスとして時間帯ごとに多彩な層の来館者がある。

PDS でも、「水族館はメディアなんだ」ってポジティブに思えたのは、素直にすごいことだなと思います。

中村 例の「長所で勝負するのは損」っていうのが頭の中にあったわけ。もし、教科書会社からうまいことやりたいメディアに進めたとしても、どえらい天才がおるがな。そこに行ったら、もう絶対に1番どころか10番にもなれへんわと思って。でも、水族館がメディアやって気がついたのは俺ぐらいやなと。

PDS いや、本当にそうだったんでしょうね。

中村 メディアだって思っているやつが1人しかおらなかったら、俺、1番やん、最初から(笑)。これはいけるぜ!と思って。まぁ、長所のライバルがおるところはやめたほうがええっていう、それだけの話です。

PDS 新卒で水族館に就職して、どうでしたか?

中村 とりあえず飼育をさせてほしいと言ったの。営業や経営のほうをするにしても、飼育をやっていないとバカにされるやろ、3年間だけさせてくれって言って。

PDS 偉いですね。

中村 でも飼育に入ったら、本当にみんな魚が大好きな子ばっかりで。一番参ったのが、買わなくちゃいけない本があって、2千何百種とか載ってる『日本魚類図鑑』。当時3万円くらいだったかな?

PDS 高っ!

中村 それをまず初任給で買って。

PDS 自腹で?

中村 そう。しかも、買ったらそれを全部覚えなくちゃいけないんです……。

PDS 出た。中村少年が一番苦手だったやつ(笑)

中村 最悪やん。もう全然無理でさ。でも、一緒に入ったやつなんか魚が好きやから、俺の10倍の速さでガンガン覚えていくわけ。もう、これで勝負なんかしたらあかんわけ、絶対に。

PDS じゃあ、どうしたんだろう?

中村 要は、水族館に来るお客さんに説明できればええことでしょう? 3年間しかどうせ現場にいないんなら、この水族館にいる魚だけ覚えればいいと。

PDS 九九のときと一緒!

中村 すると、100分の1ぐらいに減るわけ(笑)。それだと楽しいしね、展示している魚の上に書いてあるから。そこに書いてないのがあるときは、その図鑑を使って調べればいいやんって。ところが、「トランスルーセントグラスキャットフィッシュ」っていうのがおるのよ。

PDS よく覚えられましたね。

中村 それを頑張って覚えたら、今までのやつ全部忘れちゃって(笑)。それに暗記は諦めたほうがいいと思うような出来事が続いたんですよ。確かにお客さんからは時々、魚の名前を聞かれるんです。でも、次の水槽でもう忘れとんのよ。連れに「さっきの何だっけ」「いや、忘れたよ」とか平気で言うとる。

PDS そういうことはあるかもしれない。なんとなく尋ねてみるだけで。

中村 それよりも、面白い話をしたほうがお互い得なわけ。

PDS うん、そのほうが印象に残りますよね。

お客さんをグッと引き込むには?

中村 すごくいい話を思いついてね。当時、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイが一緒のところにいて、3種類のウミガメの違いを新人の飼育係が団体客に案内する決まりがあったの。でも、みんな聞いてへんわけよ。それでいて「兄ちゃん、浦島太郎さんが乗ったのはどのカメや?」とか言ってくる(笑)

PDS 無茶ぶりですね(笑)

中村 もう説明する間もないんよ。同じような感じが続いて、ちょっと悔しくなって、「よっしゃ、あれで俺が本当に答えたらどんなことになるやろう?」と思って、裏をかこうと研究をしたんです。そうしたら、アカウミガメだと分かった。

PDS ええっ、本当に?

中村 なぜかというと、子どもたちが蹴っていじめていたのは浜に上がっていたカメ。ということは、砂浜で産卵するカメだけということになる。舞台が本州とか四国なら、アカウミガメなんです。しかも、産卵するから雌で決まり。このネタは使えるぞ!って。話が面白いと、本当に聞いてくれるんよね。

PDS ふむふむ。

中村 しっぽの太いのが雄で、細いのが雌。なぜかというと、雄はしっぽの中に生殖器を入れているんです。雄と雌の見分け方って、おじちゃんやおばちゃんのお客さん、すごい興味を持つんよ(笑)。つまりサイエンスとか研究っていうのは、そういうことに使えるんだって思うわけ。

PDS なるほど!

本来の暮らしている環境に近づけた「草原のペンギン」コーナー。1日2回のフィーディングタイムでは食事風景を。子育ての様子も見守ることができるという。
本来の暮らしている環境に近づけた「草原のペンギン」コーナー。1日2回のフィーディングタイムでは食事風景を。子育ての様子も見守ることができるという。

中村 僕自身は、魚よりもお客さんを見るほうが得意やから。よく考えたら、お客さんを見る水族館のスタッフなんて1人もいない。そもそも人との付き合いをようせんと、魚としゃべってるほうが好きやっていう人しか飼育係にならないんです(笑)

PDS そうなのかも。

中村 だから、お客さんのことを知っているのは僕だけ。ずっとお客さんのことを見ていました。そうしたらどう考えても、お客さんというのは飼育係よりも俺に近い人しかいないんです。魚が好きな人たちは全部、飼育係になっちゃっているんですから。

PDS はははは(笑)

中村 お客さんは、水族館に来るのが好きであっても、魚がさほど好きじゃない人なんです。そうしたら、全てのお客さんのことを一番知っているのは俺だけやん。俺、お客さんの専門家やんって(笑)

PDS 狭い裏道を行ったわけですね。

中村 そう。裏道を行くと、いいものがある(笑)。それで俺は水族館界のマーケットの神様のようになったわけです。いきなりですよ?