Plan・Do・See(以下PDS) 一般人な社会人は、転職したとしてもこれまで仕事で積み上げてきたノウハウを使って生きていくことができます。アスリートは現役のときの資産価値は極めて高いけれど、引退後は一気に下がってしまう。本来ならそうした能力なり技術を活かせる場があるといいですよね。

為末 そうですね、非常に大事なポイントです。アスリート自身も引退すると価値が落ちると思ってはいるものの、そこまで大きく落ちるとは思っていない人も少なくないんです。だから、競技をするプロセスの中で得られた技術や、目標を達成するためにプランを組み立てて遂行するという実行力といったものを、社会価値として変換する「ブリッジング」が重要なんです。我々の世界と次の世界を同じ言語でつなげられるようになると、だいぶ変わると思うんですよね。

PDS たしかに、一般社会のなかに為末さんのハードル競技としてのスピードや跳躍力をそのまま活かそうという人は少ないと思いますが、そのときに培われたノウハウやマインドセットなどは参考になるところがたくさんありますよね。

為末 それは本当にスポーツ業界全体がほったらかして来てしまったことなので、ちゃんとやらなきゃいけなくて。必要なのは、まずはロールモデルをつくること。引退した選手が多様な人生を生きていると、ほかの選手の意識にも波及していきます。

PDS アスリートだと心身が強いから営業に向いていたり、セルフマネージメントが得意なのでプロジェクトの旗振り役とかできそうです。

為末 大枠としてはそういう傾向はあると思うんですが、「アスリート」と一括りにしないことも重要かなと。たとえばフィギュアスケートのようにアート的な競技もあれば、野球やラグビーなどの集団競技、陸上のようにコンマ1秒を争う競技といったように、競技によって得られる特性がちがうんです。なので、競技ごとに備わる能力が社会のどのシーンで活かすことができるか整理されていくと、解決することも多いと思っています。

PDS それがうまくまとめられると、色々な可能性がありそうですね。

為末 もうひとつ、世間のアスリート像に対する勘違いがあります。プロアスリートというのは極めて厳密で、しかも長期間に渡ってほとんど変わらないルールの中、いかにいいパフォーマンスを発揮するかで勝負しています。だからルールの知らない世界や、ルールが変わりやすい世界がすごく苦手なんです。

PDS なるほど。

為末 なので、ゼロから新しいプロジェクトをやろうという発想はあんまり合わなくて。一方で一般の方と大きく違うのは、精神的・肉体的苦痛に対して強い耐性があるので、「頑張り」の伸び代がかなりある。それらを活かせる仕事が明確にわかっていると可能性は広がると思っています。

PDS 私たちの会社はヒューマンインベントリーといって、21歳くらいで入社して、35歳くらいにキャリアをどうしようかと考えたときに、彼らがこの十数年間でどういう特性を持ってキャリアを築いてきたのかというのを社内に貯めておくんです。

そこで経済環境が変わって会社の方針を変えなくてはならないとなったときに、彼らが得意なことをすぐに使えるようにしていこうと。アスリートに対しても、そうしたアセスメントが大事になっていく気がしますね。

為末 そうした仕組みづくりが出来る方がいれば、だいぶ環境はよくなりそうですね。

PDS ちなみに為末さんは現役時代から、人生設計は出来ていたんですか?

為末 経営や組織を率いるようなことが出来るんじゃないかと思っていたんですけど、やってみたら思ったほど得意じゃないとわかりました(笑)。2、3年とにかく必死でやってみて、何となく自分の立ち位置が見つかったのがコメンテーターという仕事でした。

 

PDS 自分の評価と周りの評価が違ったということですね。

為末 僕はだいぶズレていた気がしますね。当たっていたのは半分くらい。現役のときは自分の力で人生を構築していたので、もうちょっとベンチャースピリッツ溢れる実行者で、考えるよりも体が動くと思っていました。でもいざ引退してみたら、思考の言語化や、抽象度の高いものを整理するということが得意だったようです。

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