Plan・Do・See(以下PDS) 「経営は具体と抽象の往復」と言われたりして、為末さんはいま会社を経営されているので結果的に合っていたということでしょうか。

為末 会社経営もしていますが、本質的にはナンバー2のポジションが収まりがよいとも思っています。そもそも僕は人間への興味が強いので、経営者が描いているビジョンをクリアにしていくアドバイザーのような立ち位置がちょうどよいかなと。実際にそういった依頼も多いですしね。

PDS ビジョンをクリアにするというのは感覚の言語化だと思いますが、コーチングのときでも活かされているのでしょうか。

為末 人間の動きというのはすごく複雑な構造をしています。「腰を落とす」という表現にしても、実際に腰が下がっている状態だけを指すのではなく、身体全体のバランスからそう判断することもあります。たとえば、速く走るためには「肘をあげて走る」と言われますが、実はこれだけでは改善しなくて、「身体全体をコマのように回す感じ」という表現を使います。ひとつの事象にポイントを絞るのではなく、動きをパッとみた瞬間の抽象的なイメージを的確に表現するというのは、コーチングするときに心がけていますね。

PDS なるほど。それではビジネスシーンではどんなアドバイスをしているのでしょうか。

為末 具体的な指摘というよりも、思考イメージを底上げするという感じでしょうか。例えば、熱狂を生み出すサービスを作りたいとなったときに、熱狂は何と何があれば成立するのか、その要素を数字に落とすとどうなるか、という思考ロジックを整理する役割です。長いあいだヒアリングしていると、本人が気づかないところでロジックに矛盾が出ることはよくあって、それを一つひとつ丁寧に紐解いていくイメージ。

義足開発ラボラトリーが併設された、全天候型のランニングスタジアムの館長を務める為末さん
義足開発ラボラトリーが併設された、全天候型のランニングスタジアムの館長を務める為末さん

PDS こういったロジカルシンキングもやはり現役のときから持っていた感覚なんでしょうか。

為末 そうですね。トレーニングをしていくなかでも「中心と枝葉」という感覚があるのですが、どこかで読み解き間違えて、枝葉がトレーニングの中心となってしまったとき、アスリートとしてブレが生まれるんです。そうならないように、物事の本質とは何かということを見極めるようにしてきました。

PDS 社会人も言えますよね。夢をもって社会に入ったはいいものの、日々の仕事に忙殺されてつい目標とは違ったところに意識が行ってしまうといったような。とは言え「中心を中心として見る」というのは頭ではわかりつつも、続けることは意外に大変なんだろうなと思います。

為末 僕はコーチがいなかったので、アスリートでありながらも、コーチでもあったという感覚があります。アスリートは3割で、コーチは7割ぐらい。

PDS そんなバランスなんですね! コーチングという点で最後に、ご家族との関係性をお伺いしたいんですけれど、為末さんがビジネスシーンやアスリートに対してアドバイスしているようなことって、奥さまやお子さまにもされているのでしょうか。

為末 多少加減はありますが、あまり変わらないかもしれません。ただ、妻には怖くてできないんですが(笑)。仕事でも子育てでも、あらゆることに問いが存在していて、日々突き詰めていく作業をしているわけですが、「中心の中心には答えがない」って思っているんです。中心には無意識が存在しているというか。

PDS たしかに、小さい子どもを見ていてもその言動には本能以外の理由はないですよね。

為末 なので、モチベーションを保ったり、目標を持つマインドを長い視点で育てるようにしています。だんだん自我が芽生えて意識の層が厚くなっていくと、育てるというよりも壊さないという表現が近いです。

PDS 為末さんって、現役時代もそうですし、TVや本から受けるイメージがとても感じのいい人だなって思うんです。何でかなと思っていたんですが、今日お伺いしてわかったような気がします。そもそも、必ずしも自分が正義でないと思っているところとか、物事は移り変わるから答えはいつもひとつでないと思っているところとか、その曖昧さを持った感覚がみんなから愛される理由なんだろうなと。

為末 ありがとうございます(笑)

PDS 強い正義って怖いですよね。正義をかざした瞬間それには対称が存在して、不穏な空気が漂ってしまう。

為末 だから客観的な正義を掲げるよりも、自分にとって何が正しいのか判断しながら、一生懸命生きていこうと思っていて。子どもにもそういう教育方針をとっています。でも面白いもので、意識的に教えたことよりも、ふと一息ついたときの無意識なところばかり真似されたりするんですよね。

PDS 自分が影響を与えられるものの小ささって痛感しますよね。

為末 そうですね。本当に。でもそのうまくいかない感じのなかでの試行錯誤がおもしろいんですよね。