強く振れた感情が、記憶と結びつく

Plan・Do・See(以下PDS) この「IDEA」というWebマガジンの読者には、就職活動中の学生も多いんです。そんな彼女たち、彼らに対して、先輩の立場から助言をいただけませんか?

矢島 大学に入ってからたくさんの人たちとの出会いを重ねると、おそらく「自分よりも優秀だと感じる人が多い」といった、他の人との比較で苦しまれているのではないかと思います。でも、いったん比較を始めてしまうと出口が見えません。

PDS ふむふむ。

矢島 そうではなく、自分と向き合う時間、自分の気持ちに素直に生きていくということにこだわったほうが、結果として自分が納得できるようないい仕事に就くことができると思いますよ。

PDS まったくそう思います。

矢島 会社から選んでもらう人間ではなく、かといって会社を一方的に選ぶようなおごった人間にもならない。お互いに自然と出逢うような感覚で、どちらかが上や下というわけでもなく、「お互いに必要だよね」というお見合いをして結婚するような感覚で入社することができると、双方にとって幸せなのではないでしょうか。

PDS 矢島さんの著書を拝読すると、慶應義塾大学(法学部政治学科)のAO入試を受けたとき、そうした自分と向き合う時間をとことん持った、とありましたね。

矢島 そうですね、自分ととことん向き合いました。それまでの人生の中で、自分が気がついていなかった「好き」や「苦手」にも出逢いました。先ほどお話ししたように、自分の人生の中で心の琴線に触れたものたちを思い出し、自分が本当に興味を抱いていることにも気づけました。

PDS 自分との向き合い方というのは、どういう感じだったんでしょうか。

矢島 私の場合、覚えている限りのエピソードを思い出していきました。覚えていないところは、両親やその周辺にいた方々に「どんな子だった?」「何に興味を持っていた?」と尋ねたのです。そうしたら、母から「あなたは地味な子だったわよ」と言われたことも…(笑)

PDS えぇ〜っ!

矢島 日本の伝統との出逢いの一つだったと感じる、記憶もあります。幼稚園のとき、園長先生の趣味で陶芸の時間がありました。そのときの土を触った感覚や、「なんだかひんやりして心地よかった」といった感覚記憶のようなものがずっと残っています。

PDS そういう感覚に基づいた記憶って、残りますよね。

矢島 ある日、釉薬をかけて焼き上げたときに想定した色と違う色が出てきたこともありました。隣の友だちがかけた釉薬には私が出てほしいと思っていた色が出ていて、すごく欲しかったのを覚えています。「あの色が出したかった!」と思っている色が、私はいまだに好きです。

PDS なるほどー。

矢島 今でも焼物を見ると、そういうものを自然と選んでいますね。それと同時に、釉薬から生まれるさまざまな表情や、自然の中で人間の手から離れたところで思いがけず現れる色や質感の違いなども、伝統産業品の魅力の一つだと感じています。

砥部焼(愛媛)、大谷焼(徳島)、津軽焼(青森)、山中漆器(石川)など、全国各地の職人さんと手作りした「こぼしにくい器」シリーズ。陶磁器、半磁器、漆器など素材も様々だ。
砥部焼(愛媛)、大谷焼(徳島)、津軽焼(青森)、山中漆器(石川)など、全国各地の職人さんと手作りした「こぼしにくい器」シリーズ。陶磁器、半磁器、漆器など素材も様々だ。

PDS 矢島さんの原体験だったんだ。

矢島 幼少期の何かしらの記憶というのは、大人になったときにそれぐらい影響を与えていると、自分を振り返ることで気づきました。おおよそ一定の感情で過ごしている日常の中で、良いことや驚いたことがあったら大きく感情が振れますよね。この「振れたときの記憶」をメインに覚えているわけです。

PDS ナットクです。

矢島 自分の中に生じた、ある種の一定ではない感情。そこを探っていくと、自分がなぜ今世(こんぜ。現世の世界)に生きているのか、どう生きたいのかのヒントが見えてくるのではと思っています。

言葉が伝わると、心地がいい

PDS ジャーナリズムを学んだ矢島さんは「伝える」ということに対してコミットされていらっしゃるからだと思うのですが、選ばれる言葉、自然に出てくる言葉の一つ一つがとても印象的ですね。

矢島 ありがとうございます。そういった言葉たちを、私はどこかで収集して生きていると思うのです。自分が何かを伝えたいとき、どの言葉が今の自分の気持ちや感情に最も近しいのか。あるいは、最も素直に伝わるのか。それができないときは、自分の中で気持ちが落ち着きません。「あれ? なんだか今の言葉は、私の今の感情とは少し齟齬(そご)があったかもしれない」となると心地良くないのですね。

PDS うんうん。

矢島 自分が伝えたい言葉で伝えられていると、心地いい。だからこそ、言葉探しをしているのではないでしょうか。その言葉たちがいろいろと集まってくると、たとえば、こういう会話の中で優先順位を組み立てながら、自然と近しい言葉で想いを表すことができるようになると感じます。

PDS それって、自分の中でしっくりくるということですよね。

矢島 そうですね……実はこうした話が、最近の「キレる子」が多い問題と関連があるという説を聞きました。キレる理由の一つには、自分の感情を正しく外に伝える言語を習得しきれていない背景があるそうです。

PDS そうなんだ。

矢島 うまく伝わらないから、伝わってないこと自体がストレスになってしまう。そうした体験が積み重なっていくと感情が爆発してしまい、社会から「キレる子」という扱いをされてしまう。この説明には私も納得できます。幼少期において、自分の感情をたくさん表す言葉と出逢うことが大切なのかなと思うのです。

PDS 感情を素直に表す言葉、大事ですね。

矢島 人間の文明がこれほど発達したのも、やはり言語があるからですよね。言葉があるから、様々な智慧、たとえば道具のつくり方や使い方を他人にも教えられます。誰かに「伝える」こと。私の中ではすごく大事にしている点なので、言葉の選び方についてそうおっしゃっていただけたのは、すごくうれしいです。

赤の他人でもファミリービジネスはできる

PDS そうだ。再び、経営のお話に戻らせてください。起業して以来、ご自身の価値観が変わったターニングポイントなどはありましたか?

矢島 最初は一人でやっていたので、やはり社員を迎えたタイミングです。この「和えるくん」を共に育むお兄さん、お姉さんがこの「和える家」にやってきたときが一番大きなターニングポイントでした。

PDS きゃあ、和えるくん! カワイイ。それって、会社を擬人化しているのですね?

矢島 ええ。会社を立ち上げるというのは、法人格、つまり世の中に新たな人格を生み出すということに他なりません。法学部で学んだ経験からも、人格を生み出した創業者というのは、いわばお父さんやお母さんと同じで、生まれた会社は子どもであるという概念が自然と得られました。

PDS そっか、ただキャラクターのように擬人化しているわけでなく。

矢島 そうなのです。創業当初は正直、この和えるくんと私がなんとか生きていければ良かったのですね。自分の分を自分で稼ぐところから始まり、今は社員を迎え、和えるくんを一緒に育んでいくようになりました。だから「和える家」で共に生きる人たちは、自分の分は自分で稼げる力を身につけてほしいと思います。和えるでは、社員ではなく、和えるくんのお兄さん、お姉さんという概念で、一緒に成長をしていく家族と考えています。

PDS なるほど、互いに育みあおうと。

矢島 逆に、迎え入れた社員たちがある種、私を育んでくれたような気もします。全国の職人さんにも支えられ、本当にありがたいことに、今は東京直営店「aeru meguro」と京都直営店「aeru gojo」の2拠点になりました。

PDS 和えるという会社では、どんな基準で社員を選考しているか教えていただけますか?

矢島 おそらく「美しく稼ぐ」ということに向けて、豊かにできるような人ですね。

PDS 美しく……稼ぐ。ふむふむ。

矢島 お金を稼ぐスキルを養えるような場所が、残念ながら今の日本には社会システムとしてありませんよね。私たちのようなベンチャー企業は、誰かが稼いできてくれるという甘い考えでは生き残れません。真に自分で稼ぐスキルを持っている人、もしくは今後それを持ち得る可能性がある人でないと生きていけない厳しさがあるのです。

PDS ええ。

矢島 だから、そういった強さを持ったお兄さんやお姉さんたちに来てほしいです。とはいえ、最後はやはり私が社長であり和えるくんの母親として責任を持つべき人間ですから、足りない部分はどこかしらから補う必要があります。なんというか、親の責任感みたいなものでしょうか。

PDS あら、本当にお母さんみたい。

矢島 いえいえ(笑)。こんな話をすると「経営者は孤独ですね」と言われることもありますが、経営者を孤独にしてしまうのは経営者自身だと思うのです。だからこそ、私たちは「和えるファミリー」として、なんでも会社のことは社員にも伝えています。赤の他人でありながらもファミリービジネスをしようと言っているのですね。

PDS 日本のファミリービジネスのあり方って、今、海外からも注目されていますからね。

矢島 たとえば社員が入社したら、私はご実家にお伺いするようにしています。もちろんタイミングやご家庭の状況次第ではありますが、「どうぞどうぞ」というおうちには上がらせていただき、ご家族と一緒にご飯をいただきます。

PDS スゴい(笑)

矢島 やはり大切な娘さんや息子さんを育ててくださったご家族にはお会いしたいなぁと思うのです。それに、私がまだ今年30歳で、ご自身の娘さんや息子さんと同じような年齢の社長だと、やはり心配だろうとも思うのです。お会いすることで心配がなくなるかはさておいて(笑)、まずはご挨拶に伺おうと。ご主人や奥様などがいらっしゃれば一緒にご飯会を開催して、会社のご説明もいたします。

PDS へぇぇ〜!

矢島 嬉しいことに、社員のご家族の皆さんも、「和えるくん」のことを家族の一員として応援してくださるようになります。これから社員の人数がどんどん増えても、これは私の一番大事な仕事として続けていきたいなと思います。

社会が決める「幸せ」ではなく、自分の「幸せ」と共に

PDS 最後に質問させてください。ズバリ、矢島さんにとって「働く」とは、どういうことでしょう?

矢島 読者の中には学生の方もいらっしゃるということですが、私は「『働く』ことは、『生きる』ことだと伝えたいですね。

PDS 働くこととは、生きること。

矢島 「働く」と「生きる」を分けたり比べたりするのではなく、「生きる」の中に「働く」があるという感覚です。生きることがままならないと、働けないですよね。だから「働く」を考える前に一番考えるべきことは、自分がどう生きていきたいのか。どういう状況が自分にとって心地良いのか。つまり、己を知ることによって、生き生きと働ける場所を探せるようになります。

PDS うんうん。

矢島 一番大事なのは自分のルーツを探り、そして自分自身の幸せを探ること。社会が生み出した「これが幸せというものだよ。年収いくらで、家族構成がどうで、持ち家があって…」という尺度に自分の幸せを当てはめなくてもいいのです。

PDS いやぁ、そうかもしれないなぁ。

矢島 今、働きたいと思える会社に出逢えなかったり、働くことが不安だったり、就職活動に少し疲れてしまっているような方は、もしかしたら「まだ自分自身を知らないから」と考え方を切り替えると良いかもしれません。自分のことを本当に知った上で仕事を探したら、きっとビックリするぐらいに自分と合う会社にすぐ出逢えるかもしれませんよ。

PDS 矢島さんご自身の経験にも裏打ちされた貴重なアドバイスをいただきました。今日は本当にありがとうございました!