皆が思いつかないところで勝負する
Plan・Do・See(PDS) グライダーやクルマに取り組まれていた林さんにとって、ロボットは今までやっていなかったことですよね。なぜ、挑戦してみようと思われたんですか?
林 まずは、孫(正義)さんの下で働いてみたいという想いがありました。何か普通では学べないものが学べるんじゃないか、という動機です。
PDS うんうん。
林 とはいえ、ソフトバンクの中で自分がバリューを出せるのかと言われると、営業の経験があるわけでもないし、通信業界に詳しいわけでもないので、既存事業では確信がありませんでした。ただロボットの場合、特に家庭用ロボットとなると成功者が誰もいないわけですね。
PDS お掃除ロボットだって、今よりも一般的じゃなかったような。
林 少なくとも、家庭用ロボットの需要は今よりもっと下火で、まだ成功者が現れていませんでした。それでもトヨタで取り組んだLFAというスーパーカーの時と一緒で、前任がいないところのほうが自分はなんとなくワクワクするんです。「成功するかどうか分からないけど、悪い経験にはならないだろう」と思って挑戦した面はあります。
PDS ロボットって、今ある機能を向上させたり、何かを短縮して効率化を図ったりする面が強調されがちですよね。でもそれだけじゃなくて、人の心に寄り添ったり、もともと人が持っているものに合わせたりもできる。そんな具合に、ロボットで大事なのは「存在感」なんだというお話を、林さんが以前のインタビューでおっしゃっていたのを読んで。
林 そうですね。
PDS なんでそういうアプローチに至ったのだろうって、ぜひ今日は伺いたかったんですよ。
林 自分はロボットエンジニアでは全然ないんですね。そのことで、かえってロボットに対する固定観念やこだわりから自由である気がします。ロボットを長年やっていらっしゃる方は、その人ならではの美意識だとか、自分のイメージがあるので、それを形にしたい人が多いように感じます。でも、僕たちがやろうとしたのは「どう人々に喜んでもらえるか」という一点だけでした。
PDS 分かりやすいですね。
林 人々に喜んでもらうためには、いろんなアプローチがあると思うんです。まず思い浮かぶのは「そのロボットがいたら便利」という方向性。多くの人が「ロボットがあんなことを代わりにしてくれたらいいな」という例を考えると思うんですね。でも、それが世の中にないということは、大抵、何かの「罠」があるはずです。
PDS そうでなければ、とっくに世の中へ出ているわけだし。
林 思いついている人たちの中には、実行力もお金もある人だっているはずなのに、なぜか実現できていない。つまり、多くの人が思いつく「役に立つ」という方向のビジネスは、結構なレッドオーシャンじゃないかなと思うんです。そうであれば、なるべく多くの人が目を付けていない領域で勝負するというのは、すごく大事なことだと思ったんですね。
なぜ人は愛着を持つのだろう、と考えた
林 その中で、孫さんの作りたいロボットを形にして出すことを、私はソフトバンク時代にメンバーの一員としてお手伝いするという幸運に恵まれました。その経験を通じて、当初考えていたのと違うようなところに人々が食いついていくようなシーンを目の当たりにしました。
PDS 例えば、どんなところですか?
林 ロボットとの会話を通じて、素敵な言葉をかけられることにより人が笑顔になったらいいなと思って作ってみても、実際に人が感動するのは、そんな高度な部分ではなく、はるかに原始的なところだったりする。そうすると「あれ? なんだか自分たちが思っていたものとは違う」となって、ロボットの潜在能力が、ちょっとずつ見えてくるわけです。
PDS 意図したものと反応が違うというのは、悪いことではないんですね。
林 ええ。いろんな可能性の種を発見する感じです。ただ、その種をどう組み合わせるのかは、いろんなバリエーションがあってすごく難しい。それぞれの種が出てきた理由、つまり「なぜ人はそう反応するのか」ということをエンジニアリング的思考で考えるんですね。
PDS 幼いころからの経験がここでも役立ってるんだ。
林 そうかもしれないですね。「なんだかいいよね」で終わらせると気持ち悪くて、「そういうのがいいって人が喜ぶのは何でだろう」と深く掘っていくと、どこかでつながるんです。ちょっと掘るだけではダメですが、気になってずっと諦めずに執念深く掘っていると、どこかでつながる。そこから次世代のロボットのバリューが見えてきた気がしたんですね。
PDS そのバリューを、今作っている「LOVOT」に生かしているんだと思いますが、ちょっとだけヒントを聞かせてもらえないでしょうか?
林 「なぜ人は愛着を持つのか」というところに注目しています。なので、私たちのロボットの特徴は「愛着形成」です。その結果として、圧倒的に女性からの評判がいいんですね。男性だと3分の1ぐらいの人は、LOVOTを見てもさっぱり意味が分からないと言いますから。
PDS えっ、そうなんですか!
林 でも、女性でさっぱり意味が分からない人は、いないんです。男性の3分の1ぐらいは女性と同じような反応をするので、男性でも女性のように豊かな感性を持っていらっしゃる方がたくさんいらっしゃるとも言えるんですね。
PDS そんなことまで分かるなんて、すごい。
林 ただ、男性の3分の1は全く分からないということを考えると、女性との間にある溝はすごく深い、という結果が見え隠れしていると思います(笑)
AIの成長にロボットという肉体は不可欠
PDS 林さんがこれからやっていきたいこと、実現したいことって何でしょうか。
林 これからLOVOTを通して2つのことをやりたいと思います。1つは、日本発の新産業を作ることです。今後、自動車産業などに代わって外貨を稼げる産業というのは意外に少なくて、なかなか「何が日本のネクスト・ビッグ・シングスになるのか?」という答えがなかった中、この産業はいけるんじゃないかと思っています。
PDS ひょっとして、ロボットは日本に向いているとか?
林 そう思うんです。日本人はテクノロジーをすり合わせるビジネスが得意ですから。ロボット産業というのは非常に裾野が広いんですね。素材からAIまで、全てをすり合わせる必要があるという意味で、これは得意な産業領域だろうと。
PDS なるほどー。
林 さらにAIの時代になってきた時に、AIそのものが単独で進化するというのがあり得ないことも、ロボット産業の拡大に寄与します。
PDS それって、どういうことですか?
林 AIというのは人工的なインテリジェンスですが、ナチュラルなインテリジェンスである「脳」の進化を振り返った時、フィジカルとセットでしか成長してこなかったわけですね。自分たちの持っているセンサー情報、目があるんだったら目から、耳があるんだったら耳から入る情報を刺激として取り込む事でしか思考を飛躍させられない。
PDS ふむふむ。
林 インテリジェンスとフィジカルがセットになって初めて進化していくという観点で見た時、ロボットというフィジカルは、AIというインテリジェンスの器として、共進化していく運命にあるわけです。
PDS AIの肉体としてのロボットかぁ。
林 僕らは、ロボットのフィジカル側とインテリジェンス側を真に融合させたような産業を作ることで、AIの進歩にかなり貢献できるんじゃないかと考えています。そういう意味で、このロボットを新産業領域としてちゃんと世界に誇れるものにしていきたいというのが、私どものやりたいことの1つです。
PDS 素晴らしいです!
林 もう1つは、テクノロジーが好きな人間として、昨今の「テクノロジーが進化すると人間が不幸になる」といった論調がすごく気になっていて。僕は、テクノロジーがちゃんと人を幸せにできると信じているんですよね。
PDS LOVE(愛)とROBOT(ロボット)を掛け合わせた、LOVOTのネーミングにも現れていますよね。
林 そうなんです。このLOVOTに込めた意味というのは、「より良い明日が来ると信じられるテクノロジーを作りたい」ということ。そのテクノロジーの入った製品があることで実現されることは、最初は人がすこし癒やされるといった程度のことかもしれません。でも、“すこし癒やされる”だけで翌日は、より元気になって会社や学校に行けるかもしれない。
PDS それはちょっとうれしいなぁ。
林 そういうところから始めて、徐々に、徐々にですが、明日の自分はより良い自分になれると信じられる。そんな前向きな気持ちで生活するためのサポートをしていけるような存在を作り続けたいと思っているんですね。
PDS きっと、かけがえのない存在になりそうです。
林 人の代わりに仕事をする機械群は、おそらく世界中でみんな頑張ってつくるでしょうから、僕らがやらなくても誰かがやってくれます。でも逆に、その機械によって自信をなくす人間も出るかもしれない。むしろ、そこをサポートしにいくロボットでありたいです。
どこまで自分の不安と戦い切れるか
PDS 誰もやったことがないことをやるのが好きだという林さんは、最初に何を原動力として始めるのかが気になります。
林 最初は怖いですよ。何かを始めるというのは、「自分が失敗するかもしれない未来」に対するチャレンジです。必ず成功すると思っていたら、誰でもやれるんですよ。
PDS そうですね。でも、それじゃチャレンジではなくなっちゃう。
林 何かを始めるのに尻込みする時の言い訳として、多くの人は「面倒くさいから」と口にしますが、本当はそうではなく、たぶん怖いんですよ。自覚はないかも知れませんが。自分がうまくいかなかった時にプライドを傷つけられるのが、怖い。
PDS (……ドキッ)
林 その不安にどうやって立ち向かうかというと、おそらく慣れることしかないんじゃないかなと。チャレンジすることに慣れると、失敗もすれば、成功もするし、まあそんなもんだよねって思いながらやっていける。変なプライドがなくなっていきますよね。
PDS そっかぁ。
林 そのプライドがなくなっていくと、チャレンジできるようになる。チャレンジできるようになると、実力がついてくる。実力がつくと、自信もついてくる。そういう循環が回っていくことによって、また次のチャレンジがしやすくなるし、「次の一歩」の幅が大きくなると思うんです。
PDS 林さんが今、大きな一歩を踏み出せるのは、ずっと挑戦をし続けてきたからなんですね。
林 どこで挑戦をやめるのかというのは、人の伸びしろにおいて重要です。おそらく、20代前半は全員チャレンジできる素養があるのに、10年ごとに半減していくイメージがあります。どこまでチャレンジし続けられるのかとは、自分の不安と戦い切れるのか、ということだと思っています。
PDS そんな経験をしてきた林さんにとって、「働く」ってどういうことでしょう。
林 僕にとっては「生きがい」ですね。働くというのは、何らかの方法で自己実現を図る機会だと思うんです。ベーシックインカムの時代がやって来て働かなくていい未来になっても、結局、人は給料をもらわないだけで何か自分が実現したいことをやると思います。だから働くことと遊ぶことの間に、僕は大して差がないと思っていますよ。
PDS へえぇ〜!
林 そこで難しいのは、自分が本当に何をやりたいのかは、自分自身でもなかなか分からないということです。でも、働くことによって自分がどこに喜びを見出しているのか、ある程度見えてくるし、結果として自分の強みや弱みも見えてくる。そういう意味で、働くというフレームワークそのものが、やはり生きがいに通じているんじゃないかと思います。
PDS 最後は読者の皆さんにとって、今後のためになるメッセージをいただきました。今日はどうもありがとうございました!