やりたいことは何かと問い続けた20代前半
Plan・Do・See(PDS) 知宏さんは大学を卒業する時、リーマンブラザーズの内定を蹴ってしまったんですよね。当時の超一流企業だったのに、どうしてですか?
濱川知宏(知宏) 金融の業界も体験しなきゃいけないかな、と思って大学時代にインターンをしてそのまま内定をもらったんですが、自分でやっぱりしっくりこなくて。
PDS 何がしっくりこなかったんでしょうね。
知宏 自分のやりたいことではないって。それに罪悪感がすごかったんです。フィジーとかボツアナの現実を知っておきながら、資本主義のど真ん中でお金持ちをもっとお金持ちにする仕組みに寄与していることにふと気づいて。「いったい何をやってるんだろう」という思いが強くなってしまいました。
PDS それで、就職先が決まらないまま卒業。
知宏 ええ。旅行ガイドブックのライターという短期の仕事で東南アジアを周った後は、北京で中国語を学びながら塾で英語を教えて生計を立てて。その後はニューヨークの居酒屋でバイトしつつ新聞社でインターンをしたり。2年間くらいは落ち着かず、波乱万丈な生活を送っていました。
PDS その頃、不安じゃなかったですか?
知宏 たぶん不安はそんなになかったかな。相当変わってますよ。ハーバードを卒業して2年間プラプラしてる人なんて、あんまりいないですからね。ただ、何をしても生きていけるなっていう度胸みたいなものは、この時に少しは培われたかなと思ってます。
PDS 2年間いろいろ転々としている時も、やっぱり心のうちの関心は今の仕事にあったんですか?
知宏 そうなんです。いずれは国際開発みたいなことをやりたいと思っていました。でも実際、具体的にどういうかたちがいいのかは全然見えていなくて、ただ迷走していた感じです。
PDS 私だったら、絶対に焦っちゃうと思います。
知宏 24歳くらいの時、アメリカのNGOがチベット高原でやっている仕事をやっとゲットできたんです。教育や保険、環境保護などいろんなことに貢献しているNGOで、ちょうど外国人を募集していて2年間お世話になりました。この時の経験で「こういう仕事がやりたかったんだ」って分かったんですよ。
PDS 自分の中でボンヤリしていたものが、ようやく。
知宏 だから若い読者の方に言いたいのは、僕は20代半ばまでやりたいことが分からなかったから、20代前半、まして10代後半でやりたいことが分からなくても当然だよって。
PDS そこからはどういう経歴をたどったんでしょうか。
知宏 チベットの2年間の後にもうちょっと大学院で勉強したいなと思ったんです。大学院が終わった直後にハワイで3ヶ月間のリーダーシッププログラムがあったので参加して。その時に明日香が大学院修士だったので、同じ奨学金を貰って同じ寮に住んでいました。
濱川明日香(明日香) ホノルルにあるハワイ大学のマノア校ですね。
志を同じくするパートナーの存在に気づく
PDS 明日香さんが大学院に戻ったきっかけって?
明日香 コンサルを3年やって、もう充分にビジネスで資本主義のマインドセットを見たと思って。
PDS それは何だったんですか?
明日香 人が「豊かになりたい」と願うのは、悪いことだとは思わないんですね。例えば、戦時中や戦後に日本がまだまだ貧しかった時、自分の子どもにもう少しいいものを食べさせたいとか。学校に行かせてやりたいとか。そういう思いで親がすごく頑張って、小さな小さな努力の積み重ねで社会が発展したんだと思います。
PDS そうですよね。
明日香 でも、今はその目的が失われて来ているなと思って。何のためにこんなに働くんだろう。何のために豊かになりたいんだろう。そこが失われて、儲けるために儲けるという、目的が収益性を上げることになってから、社会の歯車がおかしくなっちゃったと思うんです。そんな例をコンサルの仕事をしながら多く見た気がします。
PDS それで転職された。
明日香 ええ。気候変動に関連するツバルのNGOです。ツバルの人たちにインタビューした時に、日本人を責めた人は全くいなかったんですよ。先進国の人たちが豊かになるために、彼らは沈んでいくのに。それで「なんで日本人を悪く思わないの?」って聞きました。
PDS どんな答えが返ってきました?
明日香 彼らは「みんな自分の子どもにご飯を食べさせたり、学校へ行かせたり、家族のために一生懸命働いた結果だと思うから」って言うんですよね。
PDS ……なんだかショック。
明日香 その時「70年前の日本なら、本当にそうだったろうな」って。それ以上、それ以上って欲が優先されてしまった結果、いろんな社会課題が生まれてしまったんだと思います。そのあとにハワイへ行きました。
PDS あっ、いよいよ知宏さんと出会うんですね。明日香さんがハワイに行った目的って?
明日香 私は太平洋の島国に特化した気候変動の影響を勉強したかったので、一番の老舗であるハワイ大学の太平洋島嶼国研究学部へ行くことにしたんです。
PDS そこで運命の人に出会われて、価値観が同じ方向だったので意気投合されたと……。
明日香 いや、全然そんなことなかったんですよ。最初は1学期間、全くしゃべらなかったくらいですから。知宏のプログラムが終わり、彼が次にインドの財団の仕事でハワイを離れることになった時にようやく話したら、すごく仲の良い友人になりました。
PDS あら、まだお友だち?
明日香 それから4年間は、恋心とかお互いに全然なく(笑)。いつも互いの友だちと一緒だったんですけど、初めて二人で会った時、「そういえば二人とも志が同じだ」みたいなことに知宏が気付いたみたいで。
知宏 あれ、そうだっけ?(笑)
明日香 付き合うことになって、3ヵ月後に入籍したんですね。
PDS すごい。いろいろ考えちゃって踏み切れなさそうなのにな、って思っちゃうんですけど。迷いはなかったですか?
明日香 なかったですね。もう、なるべくしてなったっていう。二人とも直感人間なんですよ。
知宏 「今、フィジーに行くべきだ」って思ったらすぐに行く、みたいな。
明日香 そんな感じ。「あ、この人だ」ってお互いになって結婚したという流れでした。
未来の働き方を体現していきたい
PDS Earth Companyを立ち上げるのは、結婚から1、2年後なんですね。
明日香 ええ。それまで私はツバルのNGOの副代表をやっていて、上の子が生まれた時期だったんですね。その時、ダライ・ラマ法王からの賞を打診されたんです。あの賞は偉大すぎて、とても私たちはそれに値するようなことは何にもしてきてないし……と一度は断ったんですよ。
PDS 辞退の申し出が受理されなかったのは、どうしてですか。
明日香 いわく「それはあなたたちの今までの活動に対してだけではなく、これから一生かけてするだろう活動も含めての賞だから、ぜひ受けてください」と。
PDS そうなんだ。
明日香 それに、受賞者はみんな世界中どこからでもゲストを一人連れて行け
PDS 彼女はEarth Companyが年に1回選んでいる一番最初のインパクト・ヒーローなんですね。
明日香 そうです。2008年にハワイ大学で出会って、その当時から「この人が本気で変革を起こす時は、どんなことがあっても支援する」と心に決めていた人なんです。そのベラがいよいよスクール設立のために動くと受賞の場で聞かされ、支援しようと立ち上げたのがEarth Companyの始まりです。
PDS 設立から4年目の今、これからどうなりたいという目標はありますか?
明日香 Earth Companyって将来のビジョンや未来のあり方というものを、ただ口で言うだけではなくて、体現化していくのが得意だと思うんですよ。だから働き方にしてもそうですし、こうやって赤ちゃんをミーティングに連れて来させていただくのもそうです。
PDS とても意義のあることだなぁ。
明日香 今週は登壇をものすごくこなしたんですが、控え室からこの子の大泣きが聞こえてくるんです(笑)。そうしたら、おっぱいをあげるしかないので、授乳しながら登壇もしたんですよ。しかも国際カンファレンスでやらせてもらえたんですけどね。
PDS なんとも早いカンファレンスデビュー(笑)
明日香 本当に(笑)。経団連にもこの間連れて行かせてもらったし、行動で見せて行くというのは、そういうことだと考えています。未来がこうなっていくっていうのを Earth Company という団体を通して発信していくのはすごく求められていると感じるし、私たちが得意なことでもあるんですね。
PDS プライベートではどうでしょう。例えば、結婚して変わられたことって?
明日香 知宏はお父さんとそれまでほとんど会話してなかったけど、結婚して女性の私が中に入ったことで少ししゃべるようになったみたいです。「今、何やってるんだ?」くらいには。
知宏 父はおそらく数年前まで、私がやっていることに対する理解は全くなかったですね。理解というか、何をしているかさえ知らなかったと思う。NGOとか国際支援って、説明しないと分からないことばかりじゃないですか。
明日香 まるでハテナだったでしょうね。
知宏 これまでそういう風に話す機会もなかったけど。結婚後のここ4、5年で「あぁ、こいつは世の中で良いことしてるんだな」ってつい最近になって思うようになったみたいです。
明日香 寄付もしてくださるようになったしね!
強く残るのは、フィジカルな体験
PDS 最後に、これからの計画を教えてください。
明日香 今、来年にバリ島でオープンするエコホテルを建てているんですよ。
PDS バリ島のどこですか?
明日香 ウブドです。私たちのシェアオフィスのすぐそばで、田んぼに囲まれた土地です。
PDS のどかで、いいですね〜!
明日香 ソーラーで電気を作って、完全な循環型で。水も全部雨水を1回フィルターにかけて使います。それをキッチンで使ったり、シャワーで使ったり。そうやって使った後の水でより育つ植物があるんです。バナナとかパパイヤとか、そういうグレーウォーターでよく育つんですね。
PDS それは初めて聞きました。
明日香 その他の水に関する工夫では、例えばトイレには2つの穴があります。1つがおしっこの部屋で、もう1つが大の部屋なんですけど、おしっこって別に水で流す必要は本来ないじゃないですか。液体だから、穴があるだけでそこに流れていくんです。
PDS 確かに。
明日香 人間は平均的に1日5、6回おしっこをするそうです。それをタンクに入った20〜30リットルの水で毎回流していますが、それってアフリカだったら1つの家族が1日これで過ごせるという膨大な量なんですよね。
PDS もったいないなぁ。
明日香 そういう小さなエコテクノロジーをたくさん備えている施設をまさに今、つくっているところです。
PDS 今日のお話を伺っていて、お二人は「フィジカルな体験がすごく強いな」という感想を持ちました。
明日香 強いですね。フィジカルなものじゃないと、やっぱり自分の体の中に残らないと思います。
PDS 今の世の中、疑似体験が発達して、より一層簡単にどんどんできるようになったから、なんでも知った気にすぐなれるけど、そうではないという。
明日香 こういう時代なので、自分の要る情報だけ受け取ったら、要らないものはサッと消せてしまう。でも体験って全体だから、何かやりたい体験の中に一つやりたくない体験があっても、そこだけスワイプするってできないじゃないですか。
PDS 本来はそうなんですよね。
明日香 だから、そこも体験することで嫌なことに対しての忍耐力を学んだりとか、間を学んだりとか、そういうスキルが身に付くんだと思います。
PDS なるほど。
明日香 なんでも効率化で要らないものをことごとく排除しすぎて、かえって得られていないことがすごく大きいんじゃないかなと思いますよ。
PDS 今日はこれまでの貴重なお話をありがとうございました。エコホテル、完成したらぜひ泊まりに行きます!!
知宏 ええ、ぜひ。お待ちしていますね。